灰笛続き 10月5日 1つ 1忘れそうになっているモブについての悲しみを四十字以内で説明せよ
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「さあ! さあさあ! ルーフ君! これからどんどん忙しくなりますよ!!!」
ハリがそのように宣言をしている。だから、名前を呼ばれた俺なんかはもう、緊張で体をガチガチに硬直させずにはいられないでいた。
これ以上何が起きるというのだ? たったいまあの、ハリと言う名前の魔法使いは命を懸けた戦いに参加していたばかりではなかったか。
昨今この鉄の国(彼らが暮らしている国家、文化圏のこと。約三百七十八平方キロメートルの面積。因みにラーメンが美味しい)のあちこちで精力的に活動している「集団」
ある種の宗教的一体感を保有する、それらの一部分、おそらくは信者の一派である男性。
その肉体をおのずから異世界転生および転移者等々、この世界において恐ろしき人喰い怪物と成り得る存在と同化させた人間。
…………いま思えば、思い出せば、彼はルーフと同じN型の人間。つまりは肉体になんの動物的特徴を宿していない型、そう言う種類の人間だったはず。
「N型の人間か」
エミルが考えている。
「だとすれば、この灰笛だと結構珍しいタイプの人間ってことになるな」
エミルと言う名前の魔術師が見すえている先。
青空のように明るい青色の瞳が映す光景。
そこは灰笛の一部。飛行機能を備えたバスを大量に受け入れることのできる場所。
当然の事ながら空の上にあるバスターミナル的空間であった。
小学校などにある渡り廊下を一旦イメージして、それをプラスチックで作られた水色のオモチャのレールをあつかうようにサッと取りだし、何も無い虚空にそれを少しばかり固定した。
と、表現すれば分かりやすいのだろうか? 逆に分かりにくいのだろうか? どうしても、いつも不安になる。
まあ、ともかく青空に白い雲、そこに箒に乗った魔女でも付け加えれば、素敵なファンタジック世界の完成。
と言った感じの設計であった。
バスターミナルということで、やはりそこにはバスが停まっている。
停止飛行をしていると言った方が正しいだろうか?
しかしながら、バスの様子はこの幻想的な世界観のなかでも異質な存在感を放っていた。
とにもかくにも、いましがた俺たちが降車したばかりのバスはボロボロで、実にズタズタ、スクラップ寸前と言った様子である。
「あれはもう廃車だろうな」
俺がつぶやいていると、エミルが少し不思議そうにしている。
「歯医者? 歯でも痛いのか?」
「同音異義ですね」すかさずハリがツッコミをいれていた。「こんなところで、歯の健康について悩んでいる場合ではないでしょう」
それもその通りである。なので俺は特に何を言う訳でも無かった。
光景を眺めている。傷つけられたバスの周りに七名ほどの人間、おそらく古城から派遣された魔術師なのだろう、彼らが作業に勤しんでいた。
車内から乗客たちを回収する。今回憐れにも異常なる光景に巻き込まれてしまった、とてもかわいそうな人々。
さすがに悲鳴はもう上げていない、それは古城と言う公的な存在、いわゆる所の警察と同様の意味あいを持つ公務員な魔術師の存在があることがおおきかった。
少なくとも戦闘の場面を終わらせた俺たち、怪しい集団に固執されるクソガキひとりと、戦闘狂じみた猫耳魔法使いの若者よりかは何百倍、何億倍、……いや、もはや比べ物にもならない。
それ程に信頼のおける相手が近くにいるのである。
すでに悲鳴を上げる必要など、どこにも存在していないはずだった。
「わあああ!」
約一名例外を除く。そこそこに大きめの悲鳴らしきなにかを発しているのは、スマートフォンを構えるデブ。
……失敬、少々恰幅の良い男性であった。
「ですから、撮影はしてはいけないんだよ」
魔術師の一人が若干面倒くさそうに対応をしている。
「えー??!」
古城側の規制に対して、男性は腹の肉をブルンブルンと震わせながら、めんどくささの根拠たり得るしつこさを発揮していた。
俺は魔術師に同情をしつつ、男性の元気っぷりに少しだけ安堵をおぼえる。
とりあえずのところ、俺ら以外に被害はほぼ起きていない、そう考えようとした。
だがそのところでバスの中から担架に乗せられた運転手の姿が、状況の深刻さを俺に宣告している。
「なあ、エミル。あの運転手は無事なのか?」
「ああ、現状ハッキリとしたことは言えないが、おそらく軽い脳震とうだそうだ」
エミルは少し眩しそうにしている。
俺にとってはここは、灰笛はむしろいくらか目を凝らさないといけないくらいには暗い場所。
なのだが、しかしここに暮らしているエミルにとっては、ちょうどこの時間帯は眩しさをおぼえる頃合いらしい。
「とにもかくにも、一般市民にほぼダメージが無かったことは称賛に値する」
「ああ……」
俺は納得をしようとした。
だが上手くいかなかった。
「……ああ?」
思わず威嚇のような声を発してしまった。
のは、状況への疑問点が自分自身にも重くのしかかっているからだった。
「いや、ちょっと待て」
「どうしたんだよ、ルーフ」
エミルがこちらを向いている。
バスのターミナルの浮遊する床の上、空を飛んでいないのは俺と同じ状況と言える。
ただ一つ、すでに終わった話への問題点について、俺と彼とでは決定的に認識が異なっていた。
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