幼女と少年は多分性行為レベルの愛を持っている
ご覧になってくださり、ありがとうございます。
幼女と青年が互いに目くばせ。
ちらりちらり。
椿の花弁の紅色と、アメジストの鮮やかな紫が交差する。
メイが口紅のような瞳をキラキラと輝かせる。
「…………」
トゥーイはそれに無言のうなずきだけを返す。
やるべきことは決まった! あとは行動に移すのみ。
「すぅ、はぁ」
メイはすこしだけ呼吸をする。緊張する、のはこれから戦うからだ。
しかし同時に喜びをおぼえている。これがいわゆるバーサーカー、狂戦士の身が味わえる肉の悦びなのだろう。
さあ、作戦開始。メイは鳴く。
「かあかあ、かあかあ、かあかあ」
烏の泣き声。
メイの肉体、春日のなかでも烏の特徴を色濃く保有している。
夕暮れの茜色、家々の波の隙間を縫う野鳥の呼び声。
「え?」
人間が驚いていた。
懐かしい音色だと思ったのかもしれない。
夕暮れの奏でを懐かしめるということは、もしかすると? この人間はメイと同じく太陽のあたたかさを知っている人間なのかもしれなかった。
さて、唐突な烏の泣き声に驚いている。
人間の隙を見逃さず、メイは彼のすねに向けて、瞳と同じ紅色のエナメル質なフラットパンプスの爪先を突き立てていた。
ゴスッ!
硬い靴が柔らかい皮膚を抉り、薄い肉を通り抜けて、彼のスネの奥にある腓骨にダメージを食らわせていた。
「いったッッ?!」
ベンケイの泣き所を七歳程度の幼女の全力にて蹴り飛ばされた。
人間が悲鳴を上げて姿勢を大きく崩している。
構えていたスマートフォンのカメラ、飲み残されたタピオカのように黒丸が連なっているカメラ。
偽物の眼、可哀想に、使用する人間が魔法使いたちにとって良い人間であったのならば、最後まで役割を全う出来たのだろう。
だがそうはならなかった。
トゥーイが右の腕に意識を集中させる。小さな明滅の後、一振りのギターが魔法使いの青年の右手の中に握りしめられていた。
ただの楽器、そうにしか見えない。
だからなのだろうか、人間はそれを魔法の武器であると想像することができなかったようだった。
「…………」
トゥーイは琥珀色のギター、ゆるふわ天然女子高生に名前を付けて愛されそうな形状のギターを右手に強く握る。
雨水に変化が訪れる。冷たい空気に青年の熱が加えられる。
ギターの周辺に紫色に透き通る模様が発現した。
ボタニカル柄のような複雑さは、敵に対する攻撃性にキラキラときらめいていた。
「…………!」
トゥーイは息を止めて、少しだけ姿勢を低くする。
右足を一歩前に踏み出す。強く、強く地面を踏みしめる。
そして上に向けて武器を振りかざした。一連の動作は五秒にも満たなかった。
「え??」
スマートフォンが破壊されていた。
赤色のツルツルとした表面が、台風に吹き飛ばされた林檎のように虚しく落ちる。
カメラが割れる。
レンズの連なりは世界の重力に負けて、ひび割れ、無残にもあるべき機能を喪失させられていた。
「ギャアアアア??!!」
人間が怪物じみた叫び声を上げている。
「うわーっ?!」
人間の醜い悲鳴にキンシがびっくり仰天。
状況を理解できないままに、左の手をトゥーイに強く握りしめられていた。
「逃げるわよ!」
メイがツナヲの手をとる。
「よしきた!」
ツナヲの方はこの状況をこころの底から楽しんでいるようだった。
ワクワクが止まらないと、三人が駆け出す。
「ひえええー?!」
ただ一人、キンシだけが意味不明なままでひたすらに足を動かすのみであった。
…………。
さて、前回までのあらすじ。
あらすじと言っても特に何も特別なことはおきていないような気がする。
…………じゃあ、別に何も語らなくていいのでは?
「そういう訳にもいかねえんだよ、ルーフ」
正論を語っているのは若い男の低く響く声だった。
俺は車椅子の上から男の顔を見上げる。
「エミルさん!」
男の名前を呼ぶハリの声があった。
エミルが視線を動かすのに合わせるように、俺も魔法使いのほうを見やる。
「やっと来ましたか、遅いんですよ」
ハリは不満げにしていた。
というのも、ハリは通報して現場に駆けつける時間の多さにそれなりにやきもきをしていたからだった。
「スマフォで連絡してからここまで来るのに、いったいどれだけの時間をかけているんです」
ハリがため息交じりにエミルの、古城の魔術師たちの至らなさに不満を呈している。
しかし、そんなに急ぐ理由などあっただろうか?
「ルーフ君の義足が待っているんですよ。一刻も早く取りにいかないと、装着する前に大事な右足が腐敗してしまいます」
ああ、そういやそうだったな。
俺は自分の本来の用事を今さらながらに思い出していた。
「…………ん? でも義足が腐ることなんて、あるわけないだろ」
俺がそう決めつけている。
しかし魔法使いの少年の言葉を、少年と同じ魔法使いであるハリがすみやかに否定している。
「いえいえ、おそらくルーフ君の義足はとんでもなく高級でラクショリーでシュンファーな一品なのですよ」
わざわざ高級を意味する言葉を三つも重ねて並べている。
「…………そうなのか」
それにハリが快い返事をしていた。
「ボクの勝手な予想ですけどね!!!」
「予想かいッ!」
なんだかもう……いまからスゲー不安だった。
一体何が起きるというのだろう…………。
読んでくださり、ありがとうございました。




