灰笛続き 10卵とステーキさえあれば幸せになれる
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「そんなこと言っている場合じゃないでしょう?!」
願望のくだらなさにメイは呆れから大きく逸れてしまっている。
むしろ何かとてつもなく斬新で革命的な可能性を信じそうになる。
さながらココ・シャネルの生み出したる頴脱したファッションスタイル。
リップスティックをはじめて使った乙女の驚きのような、ある種の感激さえ覚えていた。
「んんん……落ちつくのよ、私」
メイは己の中に生まれつつある曖昧さを振りはらわんと、フルンフルンと白く細い首を左右に振っている。
そうこうしているあいだに、キンシは着々と小説家の直筆サインをその手に入手するための手段を確立させていった。
「ペンはこちらをどうぞ!」
既にサインをもらうことを前提にしているのは、キンシなりの相手に与えるプレッシャーのようなモノ、言うなれば脅迫文に類似した言葉遣いであった。
キンシがツナヲに一振りの万年筆を差し出している。
黒色のボディーに金色の縁取り。
まさに普遍的で優秀、優良なるデザインの万年筆である。
ただ一つ、その万年筆が「普通」と異なっているのは蓋が無いことだった。
銀色のペン先を守るはずの蓋は無く、ペン先の金属部分は剥き出しになっている。
「そのペンはナナキ・キンシ君、君にとっての魔法の武器なんだね」
さっそく手の内の一部分、それもそこそこに大事な面をツナヲに見破られてしまっている。
メイはハラハラとしている。魔法使いにとって、自らの魔法の方法を把握されることは致命的なダメージをもたらさないのではなかろうか?
「そうなのです! このペンでこの本にツナヲさん……。いえ、すは一大事先生にサインをして欲しいのです」
キンシは願いごとを続行させる。
「そうすることで血流に新たなる栄養が書き加えられるのです。情報に価値が生まれるのです。
唯一無二になることが可能になるのです」
語り続けている。
魔法少女の様子には自らの秘密を暴かれることについて、何ら恐怖心を抱いていないようだった。
そんなことよりも、自分の欲しいものをただひたすらに求め続ける姿勢。
貪欲、意地汚い、食い意地が張っている、それはもう張りつめた弓のようにビンビンである。
「うん、うん……?」
魔法少女からの圧力に、ツナヲの方でもそろそろ違和感、やがては不安に変わりゆく感情の芽生えを自覚している。
「……──」
少しだけ考える。
「──どうやらその辺りは、とてもよく似ているのかもね、なんだか懐かしいや」
薄ぼんやりと聞こえた言葉。
雨粒に掻き消されている。今のところは聞く必要のない台詞の一つだった。
「まあいいや、そんなに欲しいならあげるよ、いくらでも」
ツナヲは気軽な様子にて、キンシから万年筆を受け取っていた。
少しばかり緊張の面持ちになっているのは、曲がりなりにも他の魔法使いの使う魔法の武器そのものに触れるからであって、ヘタしたら自分の身、命に危険が及ぶ可能性があるからだった。
「んるるー♪ んるるー♪」
老人が密か、と言えるほど巧みに感情を隠す訳でも無く、ただ単に怯えている。
彼の不安を他所に、魔法使いの少女は自分の欲望が満たされることに単純な喜びをおぼえている。
楽しんでいる。
そんな魔法少女の様子を見て、メイは「この子は私がお世話しないと……」と言う庇護欲、母性本能らしきものをさらに掻き立てられている。
男と女がそれぞれに見当違いな感情を抱き続けている。
そんなさなかにて、ツナヲは魔法少女から受け取ったペンを握りしめる。
「さあさあ、こちらにどうぞ」
魔法少女であるキンシは、なんとなく慣れた手つきで本の表紙の下、見返しにあたる部分を開いてみせている。
「ここにサインをかいてほしい」という無言の意思表示、これはすでに圧力、脅迫にも近しい。
脅かされているというのに、しかしながらツナヲはこの状況をどこか楽しんでいる雰囲気さえあった。
ウキウキとしている。
まるで久しぶりに遊びに来た孫娘と水族館に出かけるかのような、そんな快活さと充実感がすでにあった。
「ここじゃアレだから、一回のコンビニエンスストアでも使わせてもらおう」
「かってにいいのかしら?」
良くないはずである、メイはツナヲの提案の不安定さ、その理由を知っていた。
「ここのコンビニの経営者さん、あんまり事務所のひとたちとなかよくないって聞いたのだけれど」
「大丈夫、大丈夫! すぐ終わるからさ」
あまり信用できない宣言のもと、ツナヲはコンビニに設えられてある小さな屋根を使って、本にサインをかこうとしている。
とある芸能世界にてよく使用される謎の文字列、地震計の記録をハサミで切り取ったかのような名前を期待した。
……なのだが、しかしメイの期待は外れることになった。
「……」
普通に呼吸機能を使っているに過ぎない。
もしかすると何か医師らの意識を働かせていたのかもしれない。
が、そのへんの区域についてはツナヲだけにしか理解できない、個人的なイメージでしかなかった。
それが魔法であること、魔法のひとつ、彼が魔法を使っていることに気付く。
その頃には、彼女たちの目の前に甘酸っぱい光の明滅がうまれていた。
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