契約は安くないのだ
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「寝起きでいきなり悪いが」
「オーギさ……じゃなくて、オーギ先輩、悪いだなんて一ミリも思っていませんよね?」
「おや、今日はずいぶんと察しがいいじゃねえか」
オーギがキンシのことを感心するような素振りを作ってみせている。
「むしろお前が「一ミリ」っつう数字の単位を理解している方が、むしろオレ的に意外なんだが?」
「舐めてもらったら困りますよ! 舐めるのはべっこう飴だけにしてください」
キンシは依然として尻を床の上にくっ付けたまま、足を延ばした姿勢で座ったままオーギに自らの有用性を主張している。
「ほう?」オーギは相手を探るように質問をする。「ちなみに、一ミリって言うのはどういう単語のことを言っていると思ってんだ?」
キンシがすぐに答えている。
「それはもちろん、味醂を小さじ一杯分お鍋の中に注ぎ入れたときの数え方……──」
「違う、おおいに違う」
「んるえ?」
オーギからの不正解、透明なバツ印にキンシが子猫のような聴覚器官をピクリ、と動かしながら驚いている。
驚いた後に、少しだけ考えを巡らせる。
「ああ、ラテン語にて千を意味するmilleを由来とするmの方のミリですか」
「そんな、いったいどこのどいつの場面で使うかも分かんねえこと知っていて、なんで数の数え方が分からねえんだよ……」
オーギが非常に正しさに近しい意見煮てキンシに指摘をしてきている。
しかしキンシの方は先輩魔法使いの憂いを全く気に求めてい無いようだった。
「して、一体何が起きたのです? オーギ先輩」
キンシに問いかけられた、オーギはすぐに答えを返している。
「また異世界転生の……人喰い怪物がこの世界に発現したんだ」
古典的な呼び方を使いながら、オーギはメイにも分かりやすい言葉遣いで異常事態を伝えている。
メイが警戒心と猜疑を込めた感情の変化に手、白色の羽毛をシュッと縮ませている。
「またなの?」
またしても戦いの場面に参入しなくてはならないのか。今日だけですでに二つも命を懸けて戦っているというのに。
「シツレイをショウチでいうけれど、この「シマエ魔法使い事務所」って……じつはいわゆるブラック企業っていうものなのかしら?」
かなり率直に指摘をしている。
白色のフワフワとした羽毛を持つ魔女の、幼女のように無垢な疑問点にオーギは少し悩む素振りを演出してみせている。
「その可能性は、無きにしも非ず、かもな」
「はっきりしないわね」
メイが不満げにしている、オーギは続けてはぐらかすことにしていた。
「どうせ、魔法使いなんてどこの社会でもまだまだアウトサイダーでしかねえんだよ」
「そうなんですよ!」キンシが座っていた状態から、器用に一気に立ち上がっている。
「かのヘンリー・ダーカーのように! 我々は! アートで居続けなくてはならないのです!」
寝起きでまだ精神状態が不安定なのだろうと、メイは早くに冷静に診断を下している。
オーギが呆れ半分の色合いをにじませた視線を、後輩である魔法使いの少女に向けている。
「その例文だと、生きている間にほとんど評価されずに終わりそうだな。オレは御免だよ、そんなの」
後輩の意見を否定しつつも、オーギは魔法少女に次の展開を望んでいた。
「悪いが、また一仕事頼まれてくれないか?」
キンシが先輩魔法使いの要求、頼みごと、願いごとに答えている。
「もちろん、喜んでお受けいたしますよ」
謙遜や社交辞令などはない。
この子猫のような魔法少女には、そのような社会的、社交的なマナーなど使いこなせない。
であれば、この喜びはただ単に再び人喰い怪物と戦えることに喜びを抱いているだけ。
ただそれだけの事に過ぎなかった。
…………。
さて、現場に向かわんとする。
事務所の外で一歩前に進まんとした。そのところで。
「んにゃーっ!」
キンシが叫んでいる。
「きゃあ?」
いきなりの奇声にメイがビックリと肩を震わせている。
「どうしたの? キンシちゃん」
問いかけるさなかでメイはすでに言葉の内部に非難めいた響きを含ませている。
「用事を、大事な用事を思い出しました!」
キンシは記憶の中に自らの欲求を再検索していた。
「なあに? 事務所にわすれものでもしたの?」
メイはキンシの隣で後ろを振り返る。
金糸から見て左斜め後ろに立つトゥーイの姿を通り過ぎて、メイの視線が「シマエ魔法使い事務所」を三階に含む雑居ビルの姿を見上げている。
「それとも、もしかして、オーギさんがついてきてくれないことに不安をもっているのかしら?」
そうなのかしら、とメイは小首をコクリとかしげている。
「事務所にだれも居なくなる状況もだめだって、オーギさんがそうおっしゃるのだもの」
メイはキンシのことをなぐさめるつもりで、知っている事情だけを語りかけてきている。
「不安かもしれないけど、頑張って……──」
しかしキンシは魔女の言葉を軽々しく否定している。
「ああ、いえ、その辺りは大丈夫です。
というか、むしろ嬉しいくらいですよ」
キンシはわくわくとしていた。
「僕だけで、また新しい怪物に出会える、戦える。そして殺すことができる。
そんな素晴らしいことがございますでしょうか?!」
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