消失の恐怖
ビックリしました
人の心を動かすのは、それが悪い方か善い方どちらかに限定されるものではないにしても、小難しい思考よりは単純明快な行動なのかもしれない。
器に残されたわずかな米一粒を箸で摘み取り、名残惜しくそれを奥歯で粉々に噛み砕いた。
トゥーイとメイによる合作ともいえる晩餐はシンプルな、例えば野菜炒めだとか黄色く浸けこまれた大根だとか、それを主食の米と味噌汁で支えている簡素なもので、少年にとっては正直物足りないものではあった。
しかしそれでも、食事の内容と目的もさることながら、それ以上にその行為がもたらす必然的な沈黙が彼にとっては何よりも有難かった。
食事中は静かにしましょう、そんな幼子に言って聞かせるようなマナーを順守していた、そういう訳でも無いのだろうが。
それでも飯を食らっている時の四人には然るべき、必然的な沈黙を避けることは出来ず。それは単に飯時に花を咲かせられる話題などたがいに持ちあわせておらず、だからこそ彼らは黙って米を食むこと以外の行動をせず、それがどうしようもなくルーフには有難かったのであった。
しかしそんな、ふがしのようにかさついた夢のひと時はあっという間に終了して、キンシとルーフのどちらかが野菜炒めの最後のと一かけら、多分人参であったような気がするが、それを口に頬りこんで晩餐に終了を告げた頃、そんな時分。
「先生、思い出して水と一緒に空気を飲み下す魚」
晩御飯の製作者一号であるトゥーイが、結局米の一粒味噌汁の一滴も口にすることなく、今日一日口元のガスマスクに似た器具を外すことのなかった青年が魔法使いに質問をする。
「あー、うん、大丈夫です別に要らないです、片づけもお願いできますか?」
青年に問いかけられたキンシは短く礼を告げ、ついで作業として青年に何かしら命令をした。
「了解しました」
マスクを着けたままの青年は瞬きと共に首元の道具から人間っぽい声を発し、そのまま静かに慣れた手つきで子供たちが使用して、漬物以外はきれいさっぱり空になった器を慣れた手つきでてきぱきと片付け始める。
「あっと………」
メイが反射的に立ち上がろうとして、それをキンシが手で制止する。
「おっとっと、それ以上はいけませんよ。こんなことを今更言うのもあれなんでしょうけれど、お客様にそんなお世話をさせるわけには」
ホントに今更だな、満腹感に満たされている脳内でルーフは呟く。
キンシも少年と似たような思考に陥っているのか、言葉の端々に戸惑った上ずりを匂わせながらも、しかし体に栄養が行き渡ったことによって、食事前よりは冷静な思考で舌を動かしていた。
「そうですね………、そうです、せっかくなのでメイさんからも何かご質問はありますでしょうか?」
「は、はあ………?」
脈絡なく投げつけられた催促にメイは戸惑う。キンシとルーフ的にはさっきの、ルーフとのやり取りの延長戦として受け入れられるが、その場にいなかったメイにとっては意味不明でしかない。
「あー、うん、そうねえ……聞きたいこと……」
しかしメイもまた食事を制作したことによる集中力の増幅によって、突拍子のない話題にもスムーズな対応をすることができ、それゆえに思い悩むことになった。
魔法使いに聞きたいこと、そんなこと正直彼女にはあまりなかったのだ。目の前にいる若者が自分たち兄妹にとって、兄にとって無害な存在で、それどころか一宿一飯の世話までしてくれるというのならば、もはや彼女に猜疑心を抱く必要性など皆無に等しい。
とはいえ、至極当たり前そうに自分の質問を期待している若者の、嘗め回すかのような視線を裏切れるほどの思い切りが、「聞きたいことは特にありません」と言い切ってしまえるほどの決断力が彼女に内包されているわけでもなく。
「えっとお………」
考え考え、考えに考えて。彼女の中に隠されていた疑問点が呼びさまされる。
「じゃあ、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「どうぞどうぞ、何でも聞いてください」
「キンシさんとトゥーイさんって、どういう関係なのかしら?」
メイはどこに視線を向けるでもなく、ずっと脳内を駆け巡っていた、それでいて声に出すことをしなかった言葉を舌に乗せて音にする。
「彼のほうはあなたのことを先生とよぶけれど、あなた達は師弟かんけいにあるのかしら? それにしてはどうも……なんというかアットホーム感がつよいというか」
キンシは一旦黙ってメイの言葉を受け入れる、彼女はそんな魔法使いの視線を浴びながらどうにかして質問を締めくくる。
「言いたくないのなら言わなくてもかまわないわ、あなたたちがどういった人間なのかおしえて……」
「お茶を」
締めくくろうとして、しかし彼女の言葉は青年によって遮られることになる。
メイが大げさに肩を震わせる傍で、トゥーイはいつの間にそこに移動してきたのか兄妹のすぐ傍で二人の事を見下ろしていた。
「トゥーさん」
キンシが青年を呼ぶ、兄妹達にその時の魔法使いの表情を見ることは出来なかった。
それよりも青年に、トゥーイに視線を集中させられていたのだ。
「必要性がないのなら生まれなかった」
青年は幼女の事をじっと見下ろしていた。彼女はその視線に、瞳を見上げて眺める。
陰りによってほとんど黒色に見え、しかし元の色彩を誤魔化しきれていない。
その目の形が彼女にとってはどうにも心をざわつかせた。
泣きそうになりました。




