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見ようとしないあなたはとても醜い

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 ハリの刀が男性の頭部、主に額の辺りに突きたてんと振りかざす。

 銀色の刃はハリにとっての魔法の武器。

 金属の鋭さ、たしか名前があったような気がするが…………今はそれを思い出す必要はないか。


 ともあれ、ハリは男性の右眼球と同じように、願わくばもう一つの眼球も破壊しようと画策していた。

 しかし魔法使いである彼の試みは失敗に終わる。


 硬いモノがぶつかり合う、鈴の音のような音。

 丁々発止(ちょうちょうはっし)とハリの刀を受け止めているのは、男性の変身した右手、異形の形、薄だいだい色の巨大な鎌だった。


「……!」


 防御の質量を腕の中に感じた。

 次の瞬間には、ハリは全身の皮膚にピリピリとした電流を走らせている。

 激しく、撥ね飛ばされるように飛び退く。

 と同時に男性が自らの皮膚の色と同じ色合いの鎌を、男性から見て右側に大きく()いでいる。


 攻撃を避けたハリの体が俺の視界の右側に落ちて、着地を決めている。


 空振りに終わった皮膚の鎌が、近くに座っているスマホを構えた一般市民の頭上を通り抜ける。


「ぎゃあっ?!」


 肥満体系の男性はスマホを構えたままで、身を屈めて安全を確保しようとしていた。

 頭頂部の毛先を数センチほど犠牲にしたのち、皮膚の鎌はバスの窓ガラスに激突、透明さをバリンバリンと破壊していた。


 ガラスの破片が飛び散る、きらめきが肥満体系の男とスマートフォンの上に降り注ぐ。


 天の川のように輝く粒がすべて地面の上に落ちる。

 それよりも先に、ハリは再び男性に攻撃をしている。


 両の足で地面、バスの床を踏みしめる。

 ダークブラウンの革製長靴(ブーツ)が水しぶきを上げる。

 水分を蹴散らしている、真っ赤な飛沫は異形のモノに攻撃された憐れで醜い人間の新鮮な血液によるものだった。


 宝石珊瑚(コーラル)のように鮮やかな赤色の水の玉を見つめる。

 すると変わった形のボールが落ちているのを見つけた。


「……」


 物言わぬそれはボールなどでは無く、人間の頭部だった。


 キンキンキン! キンキンキン!

 音が鳴っている。

 ハリの魔法の刀と、七三分け(三の割合が少なめ)の男性の皮膚の鎌との戦闘の気配そのものだった。


 目を離すことのできない丁丁のせめぎ合いが繰り広げられているのだろう。

 きっとそれは目で追いかけることのできない速度の出来事。

 一種の舞踊を想起させる金属同士の輝きが明滅する。


 きっとそれは美しい。

 事実座席に座る肥満体系の誰かは、スマートフォンのカメラで延々と戦いの場面を録画し続けているに違いない。

 何故かそう確信できる、期待とは少し異なる失望の色合いを持った想像力だった。


 …………実際のところはどうなっているか、俺には分からないのだが。

 というのも、俺はなぜか地面の上に寂しく転がっている頭部、生首から目をそらせないでいたのだった。


 見覚えのある他人の顔面。

 ほんの数分前までには俺に向かって迷惑もの、マイノリティーのはぐれものとしての烙印を押し込んでいた。

 罵詈雑言を唱えていたはずの口は呼吸を失い、中身の舌がだらりと垂れさがっている。


 まぶたは開かれたままだった。

 俺のことを憎むように見ていた目は固定されたまま、何者にもまぶたにも守られることなく乾燥していくばかりだった。


 せめて死んでいる途中くらいは目を閉じさせてあげたいと、言い知れぬ強迫観念が眠るパン生地のように膨らむ。

 今はそのようなことをしている場合ではないと、俺は急ぎ思考の方向性を変更させる。


 眼球のことを考えたくなかった。

 視線はしかして切り落とされた頭部から離れようとはしない。


 まるで何かしらの執着心が、フェイスタオルに付着した血液のかわいた茶色のようにしつこく染み込んでいる。


 眼をそらすことができない理由のひとつに、()()()()な野郎の頭部に(タヌキ)のような聴覚器官が生えていることが上げられた。


 手作りのおにぎりのように丸みを帯びた三角形。

 黒色の体毛に縁取られたくらい茶色の耳。

 実にふわふわとしていそう。

 実際に触ってみれば、きっととても心地いい感触を楽しめるに違いない。

 例え俺に憎悪を向けていた相手であろうとも、例え死にかけ腐りかけの肉の塊であろうとも、耳の柔らかさと可愛らしさは変わらないのだ。


 こんな状況、死の危険がせまっているというのに、俺は不思議と安らぎを胸の中に灯している。

 理由は単純、俺はミナモのことを思い出していた。

 女のことを考えているのは、野郎の生首が彼女と同じような種類の耳を持っていたからだった。


 狸の獣人族、耳があるのをうらやましく思う。

 それにしても…………改めて見ると怖いとかグロいとか、そう思うよりも可哀想になってくる。

 「かちかち山」に出てくるタヌキだってもっとましな扱いをされているはずでは?

 少なくともストーリー展開として、石をカチカチするなり薪をボウボウ燃やすなり、火傷痕に唐辛子を刷り込む等々、きちんと前段階を踏んだうえで最終的に泥船に沈めて殺害をしている。


 その点で踏まえてみれば、あの巨大な鎌を持った異形のモノは何の洒落た振りも喋りもなく、いきなりクライマックスを決め込んでいる。


「何を下らんことぬかしておるんじゃ」


 ぼんやりしている、そんな場違いな俺にミッタの冷たいツッコミが入っていた。

読んでくださり、ありがとうございました。

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