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灰の粒 Bluetooth藁人形 

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 魔術師が存在できる程度にはファンタジー、しかし余計なお世話といわんばかりに人間臭い場所。


 人魚の彼は寝込んでいた。

 性懲りもなく鬱状態、希死念慮は刷りきれて丸みを帯びている。


 人魚の眠る布団と傍らに人影ひとつ。

 若い魔術師が、スマホの画面を消している。

 まだ大人も熟しきれていない魔術師。

 魔法使いと異なるのは、割かし社会性の高い組織に属していること。いわば立派な社会人、と言うことになる。


 魔術師はいかにも社会人らしいスーツ姿のまま、一通り用事を片付けたあと、友達の人魚に呆れの視線を向けていた。


「また性懲りもなくレスバしたんだね?」


 インターネット上における言い争いのパターン。

 それ事態に何ら特別性はない。世界のどこかで、昨日も今日も、明日も誰かが誰かを馬鹿にしようとしている。


 頭ではそう理解しているつもりだった。

 だがどうだろう? 当事者になったとたん、こうもにんげんのこころというものは脆弱になってしまう。


「インターネットを止める、絶つ、という選択肢はないのかい?」魔術師の単純な疑問。


「それは、現代人にしてみれば、酒を飲まなくても生きていけるから酒禁止ね、って一方的に宣告するようなものだぜ?」


「なるほど」人魚の言い分に魔術師はそれとなく納得する。


「過度な制限はかつての禁酒法の再来になるだけ、ということか」


「そーゆーこと」


 ひとつだけ納得を獲得できた。

 というところで。


「ところで、」魔術師が問う。


「今回はまた、どうしてそんなにボコボコにされたんだい?」


 人魚が答える。


「うっかり俺が人魚だってことがバレたんだよ」


 それだけの報告。

 しかしこの世界における平均的な想像力さえあれば、人魚がどんな差別を向けられたかは想像に難くない。


「エラ呼吸の気違いが、ていうのがスレの締めくくりだったよ」


「なんとも嘆かわしい」


 様々な種類のにんげんがいる以上、どうしても差別を避けることはできない。

 もし可能であるとするならば、その世界に個別の意識は存在にしないことを前提としなければならない。


 それはそれで居心地は良いに違いないのだろう。

 あるいはもしかしたら、この世界でも実現は可能なのだろうか?


 と、全体の事柄に意識を向けたところで。


「よし! そいつらを呪おうか」


 魔術師は、全力で個人の欲望を叶えようとしていた。


「なんて?」


 いっている意味が理解できない。

 そんな人魚をおいてけぼりにして、魔術師は灰色のビジネスライクバッグから一体の藁人形を取り出す。


「テレレレッテレー♪ Bluetooth藁人形~」


「ブルートゥースわらにんぎょう?」


 まったくもって意味不明である。

 呆然としている人魚を半ば放置する形で、魔術師は早速自作の魔法を試そうとしていた。


「もう相手と接続済み、同時に八つのクソ共を共有して呪い殺すことが出来るよ」


 魔術師はおもむろにら藁人形へ五寸釘を、心臓の辺りにUSBのように差し込もうとした。


「待て待て待て!」


 人魚は急いで布団から起き上がり、魔術師の腕をつかむ。

 魔術師の意向、あるいは藁人形の信憑性を確かめるべきか。

 いや、それよりも……。

 確認すべき事柄のあまりにもな多さに、人魚は死ぬことすら考えられなくなってしまう。


「なんだって?」


 とりあえず、魔法についての質問をする。

 魔術師が再び答える。

 今度は解説を交えて。


「Bluetooth藁人形。これさえあれば接続した相手の意識、痛覚も思いのまま」


 友達の解説に、人魚は魔法やら魔術やら、その他不思議が色々と存在するこの世界を呪いたくなった。


「ところでさ、なんでブルートゥース? 普通の藁人形じゃだめなのかよ?」


 悲しいかな、混乱しすぎるとどうでもいいことにしてんが向いてしまう。


「よくぞ聞いてくれた」と魔術師は実に嬉しそうにしている。


「従来の呪いでは対応できなかった仔細なる呪殺も、高品質な同期を可能としたコレならば可能なんだぜ」


 通販番組のようにすらすらと語りつつ、魔術師は個人的な懐古をする。


「きみが寝てる間に問題のスレに入って、きみを馬鹿にしたクソ共と何とかして同期を可能とするレベルまで信頼感を深めたのさ」


 本物のBluetoothの仕組みを模倣して、個人が持つテキストをある程度交わす必要性がある。

 文章がより個人的な段階に進めば進むほど、同期の具合も良くなるという寸法。


「さあ、殺そう」


「ちょっと待て」


 人魚は魔術師の指から五寸釘を奪い、右目を抉りたくなる欲求を寸でのところで堪える。


「ひとのスマホを勝手に使ったのは、今は許すよ」


 ちゃんとパスワードもかけたのだが、考えを強引に押し込む。


「あの、俺が問題を起こしたスレの奴らと、意気投合しちゃったのかよ」


「高品質な通信のためには、辛酸をなめようが舌に穴が空こうが関係ないね」


 ありがとうッ!! その時点で問題はほぼ解決済みだ!!


「……」


 いや、まだ死にたいという気持ちは消えきっていない。

 だが、このままでは晩節をとんでもなく汚すことになりそうだ。

 人魚は下唇を、血が出そうになるほどに噛み締める。


「さてさて♪ どうやって殺そうかな」


 やるべきことは、決まってしまっていた。


「あー、その前に、腹減ったからラーメン食いにいかね?」


 友人の殺意を止める。でなければ、陰惨で卑怯な殺戮が行われてしまう。


「ラーメン」


 魔術師が食欲と相談している。

 人魚は、相談事が終わる前にことの解決を導き出さなくてはならない緊急性に追われていた。


 死ぬことについては、とりあえず今のところ考えられなくなった。

 しかたない、犯罪の片棒を担いで死ぬのは御免であった。

読んでくださり、ありがとうございました。

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