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最悪なサンドイッチは3分で惨劇

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 とても分かりやすい愛の告白の(のち)、男性は俺の前髪に触れていた。

 優しく、とても、とてつもなく優しい手つき、所作。

 燐葉石(フォスフォフィライト)に触れるかのような丁寧さにて、男性は俺の伸び気味な前髪をたくし上げている。


 女児の釣りスカートをめくるかのような、そんな深刻さと重大さにおいて、男性は俺の額に刻まれている「傷」を視界に認めている。


「これぞまさしく、貴方様がこの世界の王となる証」


 眼前、目と鼻の先まで接近してきた男性の瞳。

 眼球が持つダークブラウンの虹彩に反射する、俺は鏡を見るように自分のデコにある傷痕を見る。


 人間の目を模したような模様、涙を象った単純なマークのような形状をした刺青、タトゥーアートのようなもの。

 中心に藍色の宝石のようなものが埋め込まれているのは、魔力鉱物の一種であるらしい。

 そう教えてくれたのはおじいちゃん…………俺がこの手で殺した祖父、家族のひとりだった。


「美しき、見目麗しき宝玉、これが世界の運命を変える鍵」


 男性はいよいよ密着をするかのような、そんな勢いで俺の顔に自らの顔面を近付ける。

 そして触れていた。閉じた唇を俺の額に刻まれている火傷の痕、生まれてからずっとそこにある傷痕に触れさせている。


 触れている唇は勃起した乳首程度の硬さを持っている。

 のは、どうやら男性がかなり緊張して俺のデコにキスをしているからだった。


 唇が離される。

 顔が離れる、と言ってもまだ呼吸の気配を間近に感じ取れるほどの距離感。


 男性の表情は安らぎに満ちていた。

 朝に快活に目覚めたときの瞳の輝き、昼に暖かな太陽の光の下でラーメンをすする時の口元、夜に熱い湯から上がった時の頬の紅葉。

 この世界のおおよそ「普通」とされるであろう安らぎをひとまとめにしたかのような、そんな輝きが男性の瞳にキラキラときらめいていた。


 「このまま時間が止まればいいのに」と、こころの底から本気で思っているような表情だった。


 俺は圧倒される。一体どうして? ここまで世界に希望を抱くことができるのか?

 こんなクソみたいな世界に、男性は満ち足りた安堵を抱いている。


 それはまるで不安にばかり捕らわれ、囚われ続けて、そのまま獄中死を迎えるであろう俺をある意味において嘲笑うかのような明るさ、光だった。


 まるで…………本当に光が瞬いているように見える…………。

 ……のは、どうやら俺の空想や虚妄だけに収まる問題では無いようだった。


 がちゅり、ぐちゅぐちゅ。

 硬くて鋭いモノが水分を含んだ柔らかさに挿入される、音が鳴った。


 銀色の光が、俺の額から少し離れた位置にある男性の右目を貫いている。

 刃物、銀に輝く刀が男性の顔面、右目から後頭部にかけて貫通していた。


 刀を握りしめている、左手の根元、肩をを越えて体の中心がわ、顔を見る。

 そこには見慣れた顔面。


「とんだヘンタイがいたものです」


 声はあからさまに男性の低さを持っている。

 どこか気品を感じさせる音色は、ルーフにとっては少なくとも右目を刀に刺し貫かれている男性よりも慣れきったもの、飽き飽きとした存在であった。


「こんな昼下がりに未成年へキスなんて、世界が許してもボクの個人的嫌悪感が許しませんよ」


 そう言いながら魔法使いは、刀を握りしめる「ハリ」と言う名前の魔法使いは、銀の刃を左に薙いでいた。


 男性の顔面の側面に大きな切り傷がこしらえられる。

 血が溢れる。飛沫が俺の額に、目の中、鼻頭に点々とぶつかっていく。


 トン……とちいさな足音が背後から聞こえる。

 俺の座る車椅子のハンドル、そこに体重を乗せている。

 もちろん「普通」に乗れば、何かと血まみれな俺の体ごとハリの体もひっくり返る。

 なので、やはりと言うべきか、ハリは魔法使いらしく魔法を使って自分の肉体に重力を忘却させている。

 

 たぶん、おそらくだが質の悪い小玉スイカ一玉分の重さぐらい、俺でも片手であしらえるほどの重さしかなかったのだろう。

 …………まあ、俺はアナログ体重計でもなんでもないので確かなことは言えそうに無い。


 ともあれ、車椅子の上に立ち、ハリは俺の頭頂部を足ががりにして男性の顔面をインステップキックにて蹴り飛ばしていた。


「げぎゃ」


 轢死するカエルの喉元から発せられる空気のような声をだしながら、男性の体はサッカーボールのように吹っ飛ばされている。

 大人の体がいとも容易く転げ回り、男性の後頭部にバスの座席の背もたれ部分の角が喰いこんでいた。


 男性の頭蓋骨が変形する。


「うひッ……?!」


 激突した座席に座っていた「普通」の一般市民、体脂肪率多めの男が、スマートフォンをのカメラを前方に向けたままでくぐもった悲鳴をあげている。


 目の前が瞬間的に暗くなる。

 意識を手放しただとか、そう言った精神面の問題では無く、もっと物理的な現象にすぎない。


「うひひ」


 ハリの体が俺の頭頂部を飛び越え、前方、つまりは自らの足で蹴り飛ばした男性のもとへとひるがえんとしていた。

 ハリの背中、衣服の上からでは筋力等々の直接的な戦闘力は予感できそうにない。


 着やせしやすい体型なのだろうか、目測では詳しいことは語れそうにない。

 白色の清潔そうなワイシャツには赤々としたシミが都会の星空のように点々と瞬いている。


 俺の背後にいたのだ、そこで一連の動作をじっと観察し、ある程度までは楽しんでいたのだろう。

 だからハリの衣服が血で汚れていることは、とりたてて特別なことでも無い。


 と思いたがっている、その時点で俺は自分自身が胸の内に場違いな違和感を覚えていることを自己認識する必要性があった。

 何故だか分からないが、自分の顔面が他人の血液やら体液でベトベトになるよりも、それよりも魔法使いの衣服が僅かに汚れることの方が深い不快感をおぼえるのである。


 どうしてなのか、じっくり考え見たかった。

 熱々のコーヒー片手に、登校か出勤か何かしら出かける前の三十分ほどの空白時間にでも考察を深めたかった。

 しかし、どうやら理由を考えられるほどの思考能力のリソースも時間も俺には許されいないらしい。


「だぉらあぁっ!!!」


 ハリが刀の切っ先を男性に向けて振りかざしていた。

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