灰の粒 4月7日 関西人に近づかないで
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魔法使いが人魚に話しかけている。
「知り合いの神さまが外国人とトラブったみたいでさ、喧嘩して危うく自警団にしょっぴかれそうになったんだよ」
「色々と突っ込みどころがありすぎて、どこから追求したら良いのか分かんねえな」
人魚は白く魅力的な粉と秘伝の葉っぱを、水道水に入れて混ぜている。
「なんだって? 知り合いの神って、誰のことなんだよ?」
「木造に憑依したかわいこちゃんだよ? クレーターのようにすり減った足がチャームポイント」
魔法使いはそれだけしか言わなかった。
男か女かも分からないし、それどころか大人なのか子供なのかさえも判別できそうにない。
足にご利益がある神なのだろうか。
「なんでも、庭の柿の木をもいで口論になったとか」
「ずいぶんとノスタルジックを感じる原因だな」
昨今ではサザエさん一家の長男坊でさえもう少し現代的であるというのに。
人魚は見知らぬ神々にたいして呆れを抱いている。
抱きながら、人魚は鉄板にサラダ油を丁寧に塗っている。
まるで真夏の海辺のピチピチギャルの背にサンオイルを塗るような高揚感。
海なんてここ数年泳いでいないし、もちろんオイルを塗る相手もいないし、そういえばこの世界では季節は死んでいるのだった。葬式はあげていない。
「口論になって、神さまは相手の神にぬるぬるの、えっと……柔らかいなにかで首を絞められそうになったらしい」
「ずいぶんと物騒だな」
人魚は、自分のあずかり知らぬ所で繰り広げられる神々の争い、聖戦のことを聞き流している。
「もう、くんずほぐれつのキャットファイト、互いに拮抗した戦いであったらしい」
魔法使いの話す内容が、人魚の耳の穴を右から左へ流れて、そのまま流れっぱなしになる。
「ねえ? 聞いてる? 」
魔法使いの話を聞くよりも、もっと真剣に人魚は鉄の器、丸い溝に記事を流し込む作業に没頭していた。
作りなれない料理にチャレンジしている。
せっかく西の場所の友人に借りた器具、丁寧に活かしたいものである。
それこそ、神々の争いなんかよりもそちらの方こそ、人魚にとっては大事な世界観であった。
「なんだよー」
ろくすっぽこちらに関心をもたない人魚に、魔法使いは子供のようにすねている。
「せっかく新鮮な食材をもってきてあげたっていうのに、もうちょっと僕の話を真剣に聞いても良いんじゃないかい?」
「それについては、もちろん感謝してますよ」
人魚の手元には、早速その食材が用意されている。
鮮度たっぷりの肉質、昨今の終末世界具合ではなかなか手に入らない鮮魚である。
魚とはまたことなる生き物であるが、なんにせよとても新鮮である。
「お陰でこうして、俺は新しい料理にチャレンジできているんです。いやはや、今日も自分の魚肉を食わずにすみました」
人魚はキッチンの下側で、金魚のような尾ひれをひらひらとさせている。
紅色が美しいが、味にはあまり期待できそうにない。
「えっと、どこまで話したんだっけ?」魔法使いは、いかにも中年的忘却能力を発揮している。
「神々のジハードのあたりですよ」
「ああ、そうだった」
食材が鉄板の上で焼かれる、心地よい音色を耳に、魔法使いは記憶を少し取り戻す。
「異国の神は殺されたんだ」
「ボヘミアン・ラプソディーなみの唐突さだな」
「八つ裂きだって」
魔法使いは、まさしく他人事といった様子で楽しそうに語っている。
「強烈な足技の連続で、相手の神さまは吸盤ごとバラバラにされたらしい」
さすがに神といったところか。
人魚はグロテスク表現の登場に、ようやく魔法使いの話題に関心をもち始めている。
しかし魔法使いの方は、他人の殺害行為にはあまり関心がないようである。
あくまでも自分自身の手で殺したい。
すでに話題の主役は一通り終わったつもりなのか、魔法使いは手持ちぶさたに調味料の器を弄くっている。
というのも、料理がそろそろ形を得始めいるから。獲得した丸み、熱々の球体たちに人魚はとてもワクワクしていた。
「それで?」
出来上がった料理を、樹木を薄く削って船のような形にした、風情のある器に盛り付ける。
そうして、人魚は魔法使いの手から調味料、栄えある「オタフク・ソース」を奪い取る。
「殺害したものを処理して欲しいと、そういう相談をされたと」
「そういうこと」
魔法使いのお仕事について、想いを馳せてみる。
人魚は料理の仕上げにマヨネーズ、青のり、かつおぶしを惜しむことなく料理に振りかけた。
「いあ! いあ!」
つまようじで持ち上げ、触手を内包している料理を咀嚼している。
人魚は、共に出来上がった料理を食べる魔法使いの唱えた呪文を聞いた。
言葉そのものに意味は見受けられない。
何かしらの意味を有しているのだろう。
しかし人魚には知らない物語であった。
「美味しいねえ、この這い寄る混沌、ニャル……じゃなくて」
魔法使いは少し慌てて言葉を訂正する。
「新鮮なタコ、たまらないね」
魔法使いは自分が持参してきた食材、と思わしき肉を称賛していた。
確かに、豊かな肉の食感が実に美味である。
どこか、得たいの知れない神聖さも感じる。
そんな気がした。
「ところで魔法使いさん、その外国の神に蹴り技を食らわしたクレイジーはいったい何者なんだよ?」
「ああ、名前はたしかビリケンさんっていうらしいよ」
西の土地、西に暮らす人々に崇められている神さまの一人。
そういった情報だけが、小さくて丸い、細切れの触手が入った熱々の料理を食す彼らの思考に共有されていた。
読んでくださり、ありがとうございました。




