二次元のカノジョ はじまり
こんにちは。今日の更新です、ご覧になってくださり、ありがとうございます。
魔法使いがたくさんいるのなら、死んでしまった季節を甦らせる事だって出来るのではなかろうか?
ルーフという名前の魔法使い、つまり俺は雨にじっとりと湿る空気のなかを歩きながら、そんな願望を抱いていた。
どこか別の世界なら、春が永遠に続いたら良いのに、と願う人間もいるに違いない。
……いや、春は花粉症があるから秋の方が良いのか? いやでも、秋にも花粉は飛ぶらしいし……。
色々と想像したがるのは、湿気った空気にマスクがとても不快であるから、現実逃避をしたくなる。ただそれだけの事であった。
最寄りの無人販売機から食料を買い漁り、仕事場兼仮住まいであるアパートの一室に戻ろうとしている。
それなりに急勾配な階段。時間の経過でひび割れ、隙間から雑草が伸びている段差を上がっていく。
呼吸をするほどに、マスクの内側が不快感を満員電車よろしく密集させていく。
世界中に毒のような謎のウイルスが蔓延してしばらくの事。
マスクは俺が暮らしている世界で、もはや生活必需品としての地位を確立しつつある。
仮住まいにたどり着いた。
扉を開けようとしたところで、自室から女の笑い声が響いてくるのを耳にした。
薄い扉、個人情報の秘密などまるであったものではない。
これでもしも、全く知らない他人の声が聞こえたとしたら、すぐにお手元のスマホに110番を打ち込んでいただろう。
「…………」
しかしそうしなかった。
聞こえてくる声は、俺にとって聞き覚えのあるものであったからだった。
少し、ティースプーン一杯分の覚悟、決意、勇気を込める。
扉を開ける。
そこには貞子がいた。
あの有名な貞子である。
「あ、帰ってきたよ」
貞子……のように電子画面から身を乗り出している若い女が俺の事を見ている。
女が凝視をするように、俺もまた彼女の事を凝視する。
貞子、とベターな表現をしたくなったのは、やはり彼女が電子画面から身を乗り出す格好でいるからだった。
「おかしいな」
俺は、まずもってサダ子的彼女の正体を探ろうとする。
「その機材には、転移魔術式は組み込まれていないはずだが?」
俺はまず何かしらのワープ機能を期待していた。
予想外の来客に
色々と危険な魔物なり人喰い怪物人などなどがたくさんいるこの世界では、転移もすでに電車移動並みにメジャーなものとなっている。
とはいえしかし、ただイラストを描くだけの機械にいきなりワープ機能が搭載されてしまうような、そんなトンデモはさすがにあり得ない。
と、そう信じたい。
そうでなければ、俺は正気を失ってしまうだろう。
「君は本当に愚か者ですね」
だからなのだろうか、サダ子の左隣に座る魔法少女キンシの声が、悔しいかな今は福音のような重さを感じさせてくる。
「よお、魔法使いモドキ」
喜びを察知されたくなくて、俺は頑張って睨むように魔法少女を小馬鹿にする。
「こんにちは、色男」
魔法少女は俺の事を、それはもう嫌なものを見つけてしまったかのようにしている。
蛇のような、猫のような目には、たっぷりの侮蔑が込められていた。
「あなたもつくづく、忌々しいほどに罪な男性ですね」
魔法少女の蔑みのなかには、浮気性な野郎への軽蔑も籠められているようだった。
「ねえ? お嬢さん」
魔法少女はサダ子をはさんで右側、上品に椅子に座る彼女に同意を求めようとしている。
「貴女の愛しのお兄様は、とんでもない浮気性ですよ」
余計なことを言いやがる。
俺は魔法少女を殴りたくなる。
しかしリアルファイトには至らなかった。
「そうね」
彼女の、妹の言葉は俺に強いダメージをもたらしていた。
タイキックを食らったときでさえ、こんなにも苦痛を覚えないのではなかろうか?
最愛の妹。
彼女さえいてくれれば、例え目の前に巨乳の女が現れたとしても、今このときのように冷静さを真似られる。
俺は勝手に確信を抱いている。
ゆえに、見知らぬ女の姿が妹にバレている、このハードモードな状況に絶望していた。
「おかえりなさい」
すでに泣きそうな気分になっている。
そんな俺を、妹は優しく迎え入れてくれていた。
「ただいま」
妹の声を聴いて、泣いている場合ではないと己を叱責する。
俺は、とりあえず訪れた彼女たちに紅茶を振る舞わなくてはならないと、そう考えることにしていた。
魔法少女は語る。
「幻覚を見る心理的状況と類似してますね。
例えばボールペンの先っぽを、目隠しをした人にこれは熱々に熱せられたアイロンです、と嘘をついて先っぽを触れあわせるとあら不思議、本当にアイロンに触ったみたいに火傷の症状が現れる。
といった感じに、ものすごい思い込みの力が、あなたの描いたイラストに、限りなく本物の人間の女性に近しい質感をもたらしたということでして」
「へえ……」
正直話の半分以上も耳に入ってこなかった。
なんにせよ、俺にとっては不都合なことには変わりないようである。
「困ったな」
俺が困惑している。
「分かるわ」
と、そこへ意外にもサダ子が俺に同情してきてくれていた。
「わたしが三次元に乗り出したままだと、このままだと、イラストの納期に間に合わなくなっちゃうのよね」
同情はしてくれるが、しかしそれはあくまでも彼女自身の都合に合わせた要求でしかないようだった。
「わたしも困るのよ。いつまでもこんな、三次元に居座るつもりなんてさらさらないもの」
彼女ははみ出している上半身を苦しそうに揺らしている。
ゆさゆさと、俺が気合いを込めて描いた乳が揺れていた。




