ノリノリで血のシャワーを浴びよう
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ぽかんと口を空けてしまっていたのは、殺害の業があまりにも美しかったからだ。
まさしく見事な一刀両断であった。
なめらかな薄だいだい色の滑らかな刃が、一切の迷いもなく、俺のことを迷惑な「ショーガイシャ」と呼んだ野郎の首を刎ねていた。
状況が飲みこめなかった。
それはこの空を飛ぶバスに乗車しているほとんどの乗客、人間たちに共通している事柄だった。
当たり前だと、そう思いたかった。
いったいどこの誰が、いきなり目の前で他人の首を刎ねられる光景について、冷静で客観的な認識やら判断やらをくだせるというのだ。
……いや、そう言えば一人、この状況を冷静に分析できる人間がいたか。
それは俺の後ろ、言葉を止めて状況を楕円形のノンフレーム眼鏡の奥、緑の瞳で観察していた。
時間はあまり経過していない。
一秒を待たないで、切断された野郎の首が地面の上に転がり、まだ直立したままの胴体から勢いよく血液が噴き出していた。
さて、音をどのように表現すべきなのだろうか?
やり方はいくらでもある。
例えば子どもたちが楽しく安全に遊ぶ昼下がりの公園にきらめく噴水のよう。
例えば火事の災難から人身の命を救うための消防車の勇猛果敢な放水ホースのよう。
例えば、俺がおじいちゃんを……。…………祖父を殺した時に手に触れた、温かな血液の勢い。
…………いや、やっぱりあくまでも、どこまでも、それは人間の胴体から頭蓋骨が切り離されたもの、首を刎ねられた人間の持つ血液の噴出でしかなかった。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ?!」
女の悲鳴が聞こえる。
最初はどこかぼんやりと、オブラートの薄い膜に視覚や聴覚を覆われているような、ぼんやりとした音しか聞こえなかった。
もしかしたらただの雑音だったかもしれない。
目の前で起きている惨劇……「惨劇」と呼ぶべき事態もただの夢。
であったのならば、どれほど良かったでしょう。
ちょっとおしゃれな歌っぽくまとめたところで、俺の体を真っ赤に染める血液の噴出は止まりそうになかった。
「きゃああああああ!!!」
女の悲鳴はバスの中に響き続けていた。
音が、俺を現実に引き戻す導火線となり得ていた。
夢じゃなかった。
夢だと思いたかったけれど、夢じゃなかった。
野郎の体、俺に憎悪や嫌悪を向けていたはずの彼の体が前に、つまりは車椅子に座る俺の肩の上へと倒れこんできていた。
「何者」かによって切断された首の断面図から血液が噴き出し続ける。
シャンパンをいかなる上品さもかなぐり捨てて振り回し封を開けたら、きっとこのような感じの液体の圧力を浴びることができるのだろうか。
まだ酒も飲んだことのない、少なくともハタチを超えるまでは予定もない俺は、そんなことを考えている。
考えたくなるのは、まだ俺が現実感を取り戻せていないからだったのかもしれない。
「ルーフ君!」
戦いへの決断をくだす声は、俺の背後から発せられていた。
それはハリの声だった、それだけは分かる。
だが明確に聞こえる人間の声、他人の存在、あまり好きではないが別に嫌いとはっきり明確に決定づけることも出来ない。
それらのもの、それだけで、俺は戦いの場面に己の意識を進ませることに成功していた。
「……ぐぶっ!」
呼吸を整えようとして、俺は口の中に大量の血液が侵入してきていることに気付く。
ポカンと口を開けていたのだから、状況はまあ当然の事でもある。
大量の鉄分と塩分、その他様々な受け入れ難い要素の味。
あえて例えるなら雨上がりの濡れた鉄棒を握りしめたときの指に付着したにおい、とでも言うべきか。
血の味が両の頬の内側、舌の上、喉の奥まで俺の体に侵入してきている。
「げほッ!! がぼッ!!」
気管支を血液に圧迫されている、俺はむせるように激しく咳をしていた。
息が苦しい。
この先の展開がどうなるかはわからないが、逃げるにせよ戦うにせよ、呼吸機能が邪魔されている状況はよろしいとは言えないだろう。
「大丈夫ですか? 王子」
てっきりハリが俺のことを心配しているものだと、一瞬だけそう勘違いしそうになる。
しかしすぐに誤りに気付く。
声は後ろでは無く前から聞こえてきている。
現在進行形で死に続けている野郎の血のにおいがたっぷりついた胴体の向こうがわ、まだ首都頭が繋がっていたときに、彼の背後に立っていた人間。
七三分けの三の部分が僅かに少ない前髪の、健康そうな若い男性が俺に微笑みかけてきていた。
「無礼なる存在を排除しました、ご尊顔が汚されてしまったのが心苦しいですが」
他人の血で真っ赤に染まっている俺の顔を見て、男性はニコニコとしている。
その右手は人間の持つそれとは大きく違う、邪魔な雑草を刈り取るのに丁度良さそうな鎌の形状を持っていた。
巨大な薄だいだい色の鎌を持つ、男性は次に自分にとって邪魔になるモノへと狙いを定めようとしている。
「さあ、こんな所にいないで、貴方にはもっと相応しい出会いをご用意しなくてはなりません」




