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灰笛俺はハートの女王じゃないんだが

こんにちは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

「ああ、どうしましょう……! これはとんでもない問題なのですよルーフ君!」


「ちょ、おい……声がでけぇよ」


 指摘、乗車中のマナー、乗客としての良識をコンビニのプラスチックフォークでブスブスと刺すような、そんな非常識さである。


 だがハリの方はそんなことなど知ったことではないと、引き続き懊悩(おうのう)に苦しみ続けていた。


「ちゃんとした実績、……とまでは行かずとも、せめて能力のかけらの一つや二つぐらいなくては。このままだと、ボクはルーフ君のことをごく潰しとして扱うことを余儀なくされます」


「昨日ぐらいまでの生活が、すでにそれに相応しい感じだったけれどな」


 アゲハ家にて食らう飯の数々は申しわけなさが七割、残りの少し多めの三割は単純にミナモの料理の技量の高さに感動していた。

 とくにうどん。俺の知っているにうどんとは異なるもの。

 ぶっとくてフワフワの麺に甘辛い濃厚なタレをからませ、その上に新鮮な刻みネギをトッピングした一品。

 あれは実に美味かった。

 嗚呼、思い出すだけで口の中に唾が。


「なぁーにヨダレたしてんだよ、キモッ!」


 誰に言われたか、俺はそれを理解することができなかった。

 というのも、追及をしてきたのはどこまでも、果てしなくどこまでも赤の他人でしかない人間だったからだ。


「はあ」


 とはいえ全くの無関係とは言い難い。

 たとえば……。


 ……いや、回りくどい言い方はもうやめるか。

 俺をジッと睨んでいる、その視線は俺が先ほどバスのなかで向けられたばかりの男のそれと同じ。

 と言うか、同一人物そのものであった。

 少なくとも俺の視界が何者かに汚染されていない限りは、文句を言ってきているのは同じ人間のはずだった。


「はあ、じゃねえんだよ、うるさいんだよてめえら」


 それに関しては申し訳ない。


「なんだ? 足だけじゃなくて頭も足りないショーガイシャなのか?」


 それは……どうなんだろう?

 俺は自問自答したくなりそうになる、のは、ただの現実逃避だろうか?


「●●●●●!_______ ●●●●、●●●●!」


 色々と言われているが、どうにも俺は怒れないでいた。

 何故だろうか? 俺はなぜかこの灰笛(はいふえ)に初めて訪れて、そして飲食店で酔っ払いと喧嘩した際の出来事を思い出していた。


 あの時はどうして俺は怒れたのだろう?

 理由は、簡単だった。

 あの時はメイが、妹がいたから、俺は他人に怒ることができていたのだ。


 害意を相手に向ける、ナイフのように鋭くした感情で他人を傷つけることができた。

 ああ、そうか、やっぱり俺は妹のことが好きなのだ。


 愛している、だからこそ他人にナイフを突き立てることができた。


 だったら今は? 俺はどうしたら怒ることができる?


「うるさいですね……」


 どれくらいの時間、考えを巡らせていたか、時計を持っていない俺には分からなかった。

 案外大した時間は経過していないのかも知れなかった。


「あ?」


 その間も若い男は俺に対して文句やら言いがかりやら、あるいは日頃のストレス社会から形成される憎悪の数々を一方的にぶつけていたらしい。

 声が聞こえたので、男は一瞬だけ俺の方を見えていた。


「うるさいんですよ、口は臭いし、年の割りに頭髪は薄いし、そろそろ、その舌をズタズタに切り裂いてフライパンの上でグリルでもされたいのですか、あなたは」


 頭髪の薄さに関しては関係ないのでは?

 と言うか、この声は誰だ?


 疑問は稲光よりも短い区間でしかない。

 俺は、ともかく目のまえにいる若い男、野郎の視線の先を追いかけようとする。


「全くもって悍ましい。魯鈍(ろどん)も突き詰めれば、鳥獣戯画のように完成された最高ランクトレーニングジムのような快適な閉鎖空間的愛らしさを獲得できるとは思っていましたが、……いやはや、どうやらそれは気の所為であったらしいですね」


 すらすらと相手を罵倒する言葉を紡ぎあげている。

 声の持ち主はどうやらハリであるらしかった。


「ねえ、カハヅ・ルーフ君」


 己の言葉に確信を求めるように、ハリは俺のことを丁寧に、丁寧に名前で呼んでいる。


「この凡愚、いったいどうします? ねえ、王子様」


 俺に聞かれても困るんだが。

 ハリはかなりテンションが上がっているらしい。俺のことを最大限茶化す時の呼び名を使っている。

 

「ンだと……っっ、このっっ!!」


 与えられた罵倒がどれだけ相手に正しく伝達されたか、詳しい具合については俺のあずかり知らぬ内容でしかなかった。

 感情の質量、形、重さ。それらは全て野郎ひとりだけに限定されたもの、彼だけが知っている事柄だ。


 でも、あるいはもしかしたら、語りあいのなかで感情の一片を読み取ることも可能だったのかもしれない。

 そう期待してもよかったのではないか?


 ……だが、俺の期待は外れることになる。


「大丈夫ですか、坊ちゃん」


 別の声、野郎と同じくらい、あるいはそれよりももっと若々しく、瑞々しく、味来への希望に満ちあふれた若い男性の声が聞こえる。


 声は野郎の後ろ側から聞こえてきた。

 ということはつまり、だいたいは俺の真正面に位置していると言える。


 そのおかげか、俺は男の行動をよく観察することができた。

 見ることができた。


 ……他人の首が()ねられる。その瞬間をひと時も見逃すことなく、見続けることに成功していた。

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