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乗車中は大人しく、死体のように大人しくしてください

こんにちは。毎日更新、ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 強引にでも言葉を中断させたい。その一心で俺はついキツめの裏拳打ちをハリの腹に決めてしまっていた。


「──……っんぐえ?!」


 俺を助けようとしていた。他人の罵倒から俺のことを守ろうと心に決めていた、そのはずだったハリは予想外の攻撃にただただ戸惑っているようだった。


 苦しむのも当然、格闘技の経験など皆無のクソガキの、ド素人ならではの粗雑で力任せな拳の一発を腹部の弱点に受けてしまったのである。

 呼吸を乱しながら、ハリが俺のことを信じがたいものでも見つけてしまったかのような、そのような視線を向けている。 

 のを、俺はうなじの辺りでじかに感じ取っていた。


 そうこうしている(あいだ)に、俺に向けて罵倒や文句を叩き付けた他人、二十代後半から三十台の始まり程度の外見年齢の男はさっさと自分のポジション、バスの座席に身を落ちつかせているのであった。


「信じ難い行為です」


 ハリは最初のひと声だけ普通の音量で語ろうとしている。

 しかしすぐに「はっ……!」と自分の至らなさに気付いた風に、急ピッチで声量を俺にだけ聞こえる程度の低さに調整している。


「あんなので良かったのですか? ねえ、ルーフ君」


「…………何がだよ?」


 少しの思考のあとに、俺もハリと同じく静けさを最大限に生かした音量で会話を試みていた。


「ですから、あんな不届き者に然るべき鉄拳制裁をお送りしなくてよかったのか? ってことですよ」


 俺はもう一度少し、考える。


「障碍者を馬鹿にする程度で、この世界の均衡やら経済の色々やらが破壊される訳でも無いんだろ?」


「それは、そうですけれど……」


 ハリは一瞬だけ納得しかけた。


「……って、今はそのような話をしている訳では無いでしょうよ!?」


 しかしすぐに俺の主張の見当違いっぷりを指摘してきている。


「問題なのですよ?! 大問題なのですよ?! これは一大事、ルーフ君の個人の尊重に関わる重大な大問題なのですよ?!」


「おいおい、そんなデカい声出すんじゃねえよ、向こうのヤツに聞こえるだろ?」


 俺の心配は、こういう時に限ってやたらと現実に合致するらしい。

 すでにいくらか、バスの車内における民衆、おおよそ「普通」に属する人々の好奇、猜疑、苛立ちの視線がそれぞれに俺たちのもとへと集約されつつある。


 とりわけ、俺を罵倒してきた若い男に至っては、もはや決まりきった台本のように憎悪の視線を、主に俺の方に向けてきている。


 ……まったく、なんだというのだ。

 確かに俺はあんたの進むべき道を邪魔したが、しかしここまでの憎悪を向けられるいわれもないのでは?


 俺は疑問に思う。

 だが思うだけだった。


「なんですか? ルーフ君って意外と、いわゆる菩薩(ぼさつ)的な? ものの考え方をするタイプなのですかね?」


 おまけに比較的味方の立ち位置に属しているはずのハリでさえ、俺に対して認可し難い存在としての認識を改めているらしい。


 これはもう、たまったものではない。


「残念だが違うな。仏教の世界観なら、罪は徹底的にロックンロールに裁かれるからな」


 俺は魔法使いの町街を訂正しつつ、現実逃避をするように別の人間へ、意味もなく観察眼を向けていた。


 なにもバスの利用客は俺のことを()()()障碍者呼ばわりしてきた若い男に限定されている訳では無い。


 それ以外にも、約六名ほどスーツ姿に身を包んだ、ちょうど働き盛りに位置する外見年齢の人間たちがバスに乗車してきていた。


 他人たちはそれぞれに適切な距離感を保ちながら、当然の事としてそれぞれに最適と思わしき場所に座ったり、佇んだりしている。

 

「…………」


 集団の中の一人、七三分けの三の部分が少し少ない前髪をもつ、とりわけ健康そうな男性が、俺にクレームを入れたヤツの方をチラリ、と見ていたような気がした。


 どうにもこうにも確信を持てないのは、視線の移動があまりにも自然で、言うなれば俺の勘違いで終わってしまいそうな無味無臭具合であったからだった。


 事実、俺も時計の秒針が二つ時を刻む頃には、すでに男性のことなどまるで考えていなかった。

 ただそれだけの事だった。


 空中に留まっていたバスが、引き続き機体に組み込まれた魔術式をフルに活動させながら空を飛び続けている。


 しゅるるん、しゅるるん、しゅるるん。

 バスのタイヤ、飛行用の魔術式がふんだんにあしらわれた部品が、俺たち乗客の足元でせわしなく回転をしている。


 バスが次のバス停、……それが空中にあるのか何かしらの地面の上にあるのかは皆目見当がつかない。

 ともあれ、次の居場所に届くまでに、まだ語り合うべき内容はたっぷりと残されているのであった。


「ところでルーフ君」


「なんだよ?」


「一応事前に確認しておかなくてはならないことが一つあるのですが」


「たった一つで済まされるのか?」


 自分自身の複雑怪奇さ、珍奇さ、奇妙っぷり具合についてはそれなりに自負していたつもりなのだが……。


 俺のなけなしの自慢を否定するように、ハリはあくまでも自身の気になる事項だけを質問していた。


「そうだなあ、とにもかくにも君は絵が得意と言う話だけを聞いていたんだけれど」


 それ以外にも意識に留めておくべき事項が、それこそ塔京(トーキョー)タワーもこうべを垂れてひれ伏すレベルで積み上がっているはずだが……。


「あー……えっと、まあ、それなりにボチボチと」


 こんな事、あらためて聞かれたことなど無かった。

 そうであるがゆえに、俺はどうにも要領の得ない曖昧な回答しか出来ないでいる。


「うーん、「それなりにボチボチ」ではこちらも困るのですが」


 ハリは俺が座っている車椅子のハンドルを握りしめたままで、解答についての是非を己の内に問い質している。


「……ですが、能力が無くとも、せめて雑用……。

 ……いえ、いえいえ! それではルーフ君のためになりません」

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