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かわいい人にかわいい言葉をくっ付けておけばいい

こんにちは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 旅に出る。

 言葉の意味は色々とあるのだろう。

 少なくとも「普通」の旅とは大きく違うのだろう。

 例えば修学旅行であったり、あるいは新婚旅行であったり、もしくはただの観光旅行でもいい。

 なんでもいい、とにかく「旅」についてのポジティブなイメージを己の脳内に描き出そうとした。


 そうしたくなる、そうせざるを得ない。

 のは、この要求が自分の自由意思決定で取り決められる内容ではないこと、そのことをすでにいくらか自覚しているからであった。


「仕事とか、古城のヤツらとか、魔術師の都合はよく分からないが」


 白米を噛みながら、現状考えられる分の言葉を声の上に発している。

 少しでも自分の意思を主張するために、現状言葉にしてもOKであろう内容だけを言葉に変換している。


「でも、この町を出ていくって言う提案なら、どっちかっつうと嬉しい提案ではあるな」


 茶碗に付着した米の一粒一粒、全てを取り逃さないように箸で細かくつまみ上げては口の中に放りこんでいく。


「それは良かった!」


 ハリがまるでこの瞬間においてすでに一日の最大の目標を達成したかのような、そんな満足感のなかで両の目をキラキラときらめかせている。

 黒猫のような形を持つ聴覚器官はピン、と真っ直ぐ立っていた。


「それではさっそく旅の準備を……」


「その前に!」


 魔法使いの言葉、行動を止めているのはミナモのひと声であった。


「旅に出るのもエエんやけど、まずはルーフ君の右足を作り終えんと!」


「おお、そうでした、そうでした。危うく忘れるところでした」


 人の負傷を買い忘れた玉ねぎのように扱っている。

 ハリの様子に早くも仕事仲間としての不信感がつのりそうになる。


「では、まずは「コホリコ宝石店」へと向かいますか」


 ハリはまるで物語、あるいは何かしらの愉快なRPGの操作キャラよろしく、この先の展開についてのあかるい希望を抱いていた。


「レッツゴー……──」


 言いかけた台詞は、しかしてまたしても銀色のお玉に阻害されていた。


「ほぐうっ?!」


 銀色の弾をその身に受けた、ハリが小さな痛みと大きななぞに戸惑いを覚えている。


「やる気があるとこ悪いんやけど」


 弾を撃った張本人であるミナモが、狸のような聴覚器官をピコピコと動かしながら魔法使いに要求をしている。


「タダ飯を食らっておいて、皿洗いのひとつもしないのは、それこそ古城に収監すべき許されざる罪やと思わへん?」


 明るい茶色の瞳が、この場面において誰よりも強い命令文の輝きを放っている。


「そうやろ? ねえ、ルーフ君」


「ああ、そうだな」


 断る勇気など、俺には到底作りだすことなど不可能であった。


 …………。


「うああああ……」


「どうしたんだよ、そんな戦闘中に下半身だけトランスフォームできなかった地球外機械生命体みたいな声出して」


「どんな声なんです、それ……」


 ハリは自分の不調具合についてを簡単に説明している。


「皿洗いをすると手が乾いて乾いて、指先の皮膚なんかはパッツパツに張っちゃうんですよ」


産褥期(さんじょくき)の胸みたいにか」


「んるる……? え、えーっと、たぶん違うと思います」


 ハリは少し面倒くさそうに、俺に向かって自分の不調具合を主張していた。


「こちとら手を使うお仕事だというのに、世の中の食器用洗剤はどうしてああも汚れを落とすためだけに機能を発揮するのでしょう? もう少しボクの乾燥肌についても考慮して欲しいところです」


 だったら弱酸性なり、オーガニックなんちゃらの「手に優しい!」と銘打った洗剤でも使えばイイのでは?


 そう思ったが、しかしわざわざそれを魔法使いに伝える気力も見つけられそうになかった。

 そんな事よりも、魔法使いの美肌事情なんかよりも、俺は道の上を目的地に向けて進むだけでも大量の精神力を消費している。


 と言うのも、車椅子の移動は非常に疲れる。

 ミッタは「慣れたものじゃのう」と評するが、しかし俺としてはどうしてもこの車輪付きの椅子を介した移動に慣れなかった。


「もうすぐ車椅子に頼りきりの生活も終わりを迎えますよ」


 ハリが俺の背後に回りこみ、車椅子のハンドルを両手でつかんでいる。


「義足を使うようになったら、練習がてら旅の準備を整えましょう」


 魔法使いはとにもかくにも旅に出たがっているようだった。


「ここでの、灰笛(はいふえ)での用事が終わるころには、義足もルーフ君の大切な一部と成ることでしょうよ」


「そんな短期間で使いこなせるものなのか?」


 都合よく進めばいいのだが。


 などと考えている内に、俺たちは閑静な住宅街から都市の中心部へと向かうバスの乗り場へと辿り着いていた。


「明るいことを考えたいものです」


 ハリはバスの発着時刻を確認しながら、顔に身に着けているノンフレームの眼鏡の位置を左の指先で小さく整えている。


「これからはお仕事の仲間になるのですから、もっと積極的にコミュニケーションをとらなくては」


 まるで企業紹介のパンフレットのような文言をぬかしている。

 魔法使いが明るい言葉を使うほどに、俺のこころはさながらこの灰笛(はいふえ)を覆い尽くす雨雲のように暗く、ジメジメとした感情に浸されていくのを感じていた。


「あ、バスが来ましたよ」


「ん?」


 来た、とハリはそう言っている。

 道路の上、俺たちが歩いてきた地面の上に繋がる場所へと俺は視線を辿らせている。


 右を見て、左を見る。

 車は来ていない、と言うかここまで辿り着くまでに地面の上を走る車を見かけることが無かった。


 住宅街であるが故の閑散さであると、そう思っていた。

 のだが、しかし、固定概念は上から降り注ぐ影の気配に否定されていった。

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