罪悪感は奥歯に挟んで噛み潰す
こんにちは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。
ともあれ、ここまで来てしまえばもう完全なる覚醒をしなくてはならない。
俺は諦めて毛布を腹の上から剥がし、ベッドから身を起こそうとした。
立ち上がろうとした。
だが、すぐにあきらめる。
俺には右足が無かった。足が無ければ、「普通」に立ち上がることは出来ない。
俺はベッドの横に備え付けてある車椅子に身を落ちつかせている。
「すっかり熟れたもんじゃのう」
老人の口調を意識している、ミッタが俺の所作に感心を向けていた。
「わしがおぬしの右足を喰いちぎったかいもあったもんじゃのう」
「ああ、そうだな」
俺とこの浮遊する灰色の幼女は、一応ながら魔力を介した契約関係にある。
かつて俺が遭遇した「集団」からの暴力。
血を流しに流し、枯れ果てるまで涙を流した。
その果てに俺はミッタを、彼女と言う人喰い怪物、つまりは異世界転生者をこの世界に固定することになった。
この世界で生まれた人間の肉、皮膚、骨を糧として、ミッタはこの世界に居続けるための魔力を獲得することに成功した。
「今日もいい天気じゃよ」
ミッタ自身がそれを是とするか、あるいは悪とするかは彼女にしか分からない。
少なくとも現状、俺はそのことについて確認をする勇気を持てないでいた。
「さて、朝飯も馳走になるかの」
ミッタに促され、俺は車椅子の車輪を回しながら食事の場へと身を移動させようとした。
…………。
さて、朝食の現場である。
「ルーフ君、旅に出ますよ」
熱々の白飯、ほかほかと香り立つ湯気の気配。
食事と栄養源、飯に有り付ける最大にして最高級の幸せ。
その向こう側で、ルーフは魔法使いが自分を不幸の道へと誘う提案をしてきている、その声を鼓膜に認めていた。
「おい、もう眼は覚めているはずだろ?」
俺は両手を合わせたままの姿勢にて、ハリの要求を「聞かなかった」ものとして扱おうとした。
「いつまでも寝言言ってんじゃねえよ。いただきます」
手と手を合わせて、食事行為への感謝の言葉を短く伝えている。
「はーい、めしあがれ」と、ミナモが合いの手を入れてきているのを耳の穴に受け止める。
箸を使って米の粒を持ち上げる。
そこそこに年季の入った炊飯器にて炊かれた白米の香り。
たっぷりの水分を含んだ粒たちは、それぞれに天然真珠にも引けを取らぬ美しき純白の輝きを世界に反射させている。
熱々の飯粒を口に含む。
俺は意識的にゆったりとした動作にて料理を咀嚼している。
何故だかわからないが……と言う曖昧さの中に存在する免罪符は無い。
俺はあくまでも、そしてどこまでも、自分の意思で魔法使いを無視することを決定している。
ただそれだけの事であった。
「……」
ハリが様子をうかがっている。
「…………」
その視線を肌に直に感じながら、俺は白米の甘みと旨みをたっぷりの唾液のなかで直に堪能しているのだった。
「いや、いやいや……無視しないでくださいよ!」
一分ほど経過したあたりで、ハリがようやく俺の行動の意味を察知していた。
「話聞いていましたか?」
「ああ、聞いてた」
右手の箸で皿の上の目玉焼きを半分に切り分けながら、トロリと垂れる黄身を口の中へと収めていく。
「旅をする魔女の物語でも作るんだろ? がんばれ」
「いや、そうではなく……!」
否定しかけたところで、はたとハリは一つ思い当たる部分を見つけてしまっているようだった。
「……! いや、次の読みきりの題材はそれにしてもいいかもしれませんね……?」
想像力に拉致されそうになっているハリに、ミッタが呆れるような視線を向けている。
「落ちつけ絵描きよ、自分の議題を忘れてはならんぞ?」
ミッタに指摘をされたことで、ハリは気を取りなおして俺に要求をし直している。
「ルーフ君、書を捨てて町も飛び出さなくてはならないのですよ」
依然として行動ばかりを主張している。
理由が分からないままに、ハリは俺に次に起こすべき展開をつらつらと語り続けている。
「エミルさんからルーフ君は引き続きボクの監視下におくとして、でもいつまでもこの家に置くわけにもいかないので、ですのでボクのお仕事を手伝わせようかと」
息切れ、「すう、はあ」と一呼吸入れる。
「……というわけでして、さっそく今日から旅に向かうための準備を整えなくてはならないのですよ」
言い終えた後で、ハリはすでに満足げに机の上に置かれたコップを満たす冷えた麦茶へと左手を伸ばしている。
妙に血液の気配が目立つ唇に冷え切った茶が触れようとした。
その寸前にて、俺はタイミングを見計らうかのように問いを魔法使いに差し向けている。
「ちなみに、その要求を断ったらどうなる?」
「そうですね……古城の隔離室にすし詰め、そのまま全ての生活様式を古城側の魔術師さんたちに監理されることになるでしょうか?」
ハリが考え得る状況を質問者に伝えている。
「それはそれで何も怖いことはありませんよ。ちょっと色々な魔術の実験台に使われたり、ちょっと色々な魔法陣の人体実験に使われたり、ちょっと色々な怪物との融合実験に使われたり。
ただそれだけです」
言い終えた後で、ハリはにこやかに俺へと提案をしている。
「この灰笛に残り続けたいのなら、それはそれで悪いことでも無いと思いますよ?」




