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とりあえずその綺麗な顔を打ち抜いてやる

こんにちは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 ハリの体がベッドの下、仮住まいの部屋の床へと放り投げられる。

 俺としてはそのまま床の上に叩き付けたいところではあった。

 せっかくの安眠……とはとても言えそうに無い、なかなかにクオリティが高い悪夢を見ていた。


 そこへハリが部屋のカーテンを開けて、俺を悪夢の底から、まだ比較的救いのある現実へと引き戻した。

 …………あれ? これって別に悪いことじゃなくね?

 むしろ感謝すべきなのでは? 

 なのにどうして俺は、恩人を巴投げよろしく地面に叩き付けているのだろう。


 どさどさどさっ!


 俺に投げ技をキめられたハリの体が部屋の中を転がり、近くに積み上げられていた段ボール箱の塔を破壊している。

 箱の中身がぶちまけられ、なにかしらの人体らしきものを模した部品の数々がハリの体の上に累積していった。


「いたたた……」


 ハリは反射的な思考のなかで、この場において最も相応しいと言えるであろう感覚を表現している。


「いきなり何をするんですか」


「それはこっちの台詞だ」


 俺はやがて諦めたようにベッドから身を起こす。


「こんなサイアクなモーニングコール、なかなか経験できるもんじゃねえっつうの」


 それなりにオーバーな表現を使いたがるのは、俺自身の内側に巣食う朝への憎悪を誤魔化すための一つの手段ではあった。


「ううう…………チクショウ、また朝が来ちまった」


 また一日が始まる。なにが起きるかわからない、なにが起きても大体は自己責任で解決するしかない。

 憂鬱な一日の始まりに、俺は早くもこの世界に絶望感を抱いている。


「そうですよ、朝なんですよ」


 ハリが寝室の床から身軽そうに起き上がっている。

 腹の上に乗っかっていた足の模型を左手に携えたままで、ハリは窓の外へと視線を向けるようルーフを誘導している。


「素晴らしい一日が今日も始まる……。……と、言いたいところなですよね」


「なんだよ、あんたにしては妙にポジティブだな」


 訝るような視線を向けているのは、俺のこころからの本心における感情表現であった。

 あやしい。直感的な意識が俺に警告を鳴らしている。


「あんたってそんな、朝の芸能ニュース的なテンションの高さ、気分の軽さを持ったキャラクターだったか?」


「ルーフ君、あなたは一体ボクにどんなイメージを持っているというのです」


「根暗な絵描き」


「ひどっ!」


 俺たちがやり取りをしていると。


「何じゃ何じゃあー? 騒がしい」


 老人のような語り口、しかし音程やリズムは紛うことなく、どうしようもなく幼女のそれにしか聞こえない。

 そんな声が俺が今しがた眠りに耽っていた寝室の外側から聞こえてくる。


 声のする方に視線を向ける。

 そうすると部屋の入口あたりに、フワフワと浮遊するクラゲの怪物がいるではないか。


「あれ、陸上でクラゲが泳いでいるぞ?」


 もしかすると、ワンモアチャンス、まだ俺は安らかな眠りの最中で、この不快感も目が覚めたら消え去る蝋燭(ろうそく)の灯火でしかないのだろうか?

 そう期待しようとした。


「アホぬかせ、いつまで寝ぼけておるんじゃ」


 しかし俺の期待はどうやら外れているようだった。


「ミッタのお姉さん」


 ハリが少し身を緊張させて、部屋の中に出現した幼女に挨拶をしている。


「お早いお目覚め、ご苦労様です」


 俺の時とは比べ物にならない程に丁寧に、慎重に、ハリはミッタに朝の挨拶をしているのであった。


 ハリが見ている先、そこには実に美しく、同時に非常に可愛らしい幼女の姿があった。

 暗めの灰色の髪色は尻のあたりを覆いつくほどに長く、まるで水中に揺れる海草のように柔らかそうである。


 白く柔らかそうな素肌には黒色のキャミソールワンピースのみを身に着けている。

 裾に繊細なレースがあしらわれ、その下に伸びる細い足は幼女らしい柔らかさと同時に、どうしようもないほどに女としての生々しさを想起させる。


「おぬしが就寝しとる部屋からいきなり野郎の叫び声が聞こえたかと思えば、見れば、何じゃ、朝っぱらから睦みあいよって」


「おいミッタ、それはとんでもない誤解だ」


 灰色の髪の毛を持つ老人口調の幼女の間違いを訂正する暇もなく、ルーフのいる部屋にまた別の客人が訪れている。


「不審者アァァァー!」


 女のけたたましい叫び声。

 もはや悲鳴に等しい叫び声と同時に、女が「不審者アァァァー!」に向けてお玉を思い切り投げつけている。


「うぎっ?!!」


 お玉の弾を「不審者」……もといハリが食らっている。

 弾の衝撃にて、ハリはもう一度寝室の床、そこからさらに別の段ボールの塔へと沈み込んでいった。


「ミナモ」


 銀色に輝く弾を撃った女、彼女の名前を呼ぶ。


「あれ?」


 ミナモは、頭部に生えているタヌキのそれによく似た聴覚器官を不思議そうに動かしている。


「なんや、ハリ君やないの」


 たった今自分が撃ち抜いた対象について、ミナモは即座に警戒心を解いていた。


「まーた窓の外から侵入してきたん? ビックリするから止めえやあ、もー」


 ミナモは侵入者であるハリに穏やかそうな笑みを向けている。


「ビックリで済まされる話か、これ……。なんかもう、色々と」


 俺は疑問を抱かずにはいられないでいた。

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