気付くのが少し遅すぎた
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「しかしリッシェさんが集団とグルだったとは……」
圧迫死させられた怪物の無残なる死体を眺めながら、キンシはしみじみとした様子で女のことを頭の中に思い浮かべている。
「全く気づきませんでした。彼女はもしかすると、女優としての天賦の才があるのかもしれませんね」
「ンな訳ねェだろうよ」
後輩魔法使いの主張をオーギが是非もなく否定している。
「そもそも人喰い怪物なんかに関わっているヤツで、まともな神経をしとるんのがいるワケないやろ」
「それって、遠回しのジギャクということかしら?」
メイからの指摘にオーギは肩をすくめる動作で受け答えをしている。
「もちろん、オレら自身の異常さもしっかりと自覚しとるつもりだが?」
「ほうほう?」
若き魔法使いの主張にツナヲが興味深そうにしている。
「なるほど、どうして、最近の魔法使いってのはやたらと世間との認識を意識したがる傾向があるのかな?」
これまでの会話劇、出会って十数分のあいだに起きた色々から、ツナヲはオーギと言う存在を介して「魔法使い」と言う存在を新しく認識しようとしている。
老人が知識のアップデートを実行しようとしている。
それをキンシが違和感のなかで一時停止させようとしていた。
「いえ、……オーギ先輩はどちらかと言うと、世間一般の認識を理解しすぎていると思うのですよ」
めずらしくキンシが先輩魔法使いについてを考察しようとしている。
「なんだよ」
オーギはそんな後輩魔法使いのことを、少しだけ笑みを含んだ表情で見つめていた。
「女にダマされたショックで、他人をうまく信じられなくなっちまったのかよ?」
「んるる、当たらずと雖も遠からず、ですね」
キンシは眼鏡の位置を左の指先で小さく調整している。
「あんなにも素敵な女性が、まさか魔力社会に仇なすあやしい集団のお仲間だったなんて……」
キンシはしょんぼりとした様子で、黒髪の中に生えている黒色の体毛に包まれた子猫のような聴覚器官をペタリ、と平たくしている。
「信じられますか?! 僕はもう何も信じられそうにないです……」
ショックを受けているキンシ。
そんな魔法少女に右隣にて、納得をうまく行き届かせられていないのはメイの瞳であった。
「どうしたよ、メイ坊」
オーギがメイの表情に指摘をしてきている。
「なんや、歯のあいだにササミでも挟まったような顔してくさりよって」
「なにそれ? 新手の冗談かしら、ぜんぜん面白くないわ」
メイは自分の感情の一部分を、事務所の先輩魔法使いに伝達させている。
「いえ、ね。もとより、あの女はあやしい気がしていたものだから」
「あの女」呼び、かの有名な「あの女」呼びを使っている。
キンシがメイの言葉遣いに「んるる……!」と感激をしている。
しかしメイは、いまは魔法少女の感情の動きに気遣っている場合ではないと、早々に判断を己の内側に下していた。
「それじゃあ」
オーギがメイに質問をする。
「どうして、怪しい奴なんかの手助けをしようと思ったんだよ。お前らしくない」
オーギはメイのことを幼女ではなく、一人の魔女と言う悪辣を好む存在として扱おうとしている。
「たすけようだなんて思っていないわよ」
嘘をつく必要性もない、メイは続けて選択肢を己の肉体、内層に塗り重ねていく。
「ただ、お礼に蜂蜜がもらえるなら、おくりものがあるのなら、助ける理由になるかもしれない。そう思っただけよ」
四分の一ほどは正解で、残りは嘘だった。
メイとしてはあやしい集団、自分たちを貶めようとした「集団」の手がかりを見つけただけで、行動、戦いの成果としては充分すぎる内容ではあった。
「あっそ、そういうことならどうでも」
オーギは早くに話題を切り上げ、途中になっていた事務作業の続きへと取りかかろうとしている。
と、その前にオーギは自分の机の上に視線を戻している。
「……と、その前に、だ」
作業マットの上に転がる、大人の中指程度の大きさしかない人喰い怪物の一種をつまみ上げている。
「これ、明日あたりにでも本元さん所に届けてくれへんか?」
圧迫死させられた怪物の死体。
のしイカのように平たく、ペラペラになってしまったそれをオーギは指でつまむ。
「本元さん、とは?」
キンシがオーギに居場所についてを問いかけている。
怪物の死体のことを汚物でも見るかのようにしている、先輩魔法使いの視線の色合いを魔法少女は理解することができないでいた。
「そりゃあもちろん」オーギはキンシに怪物の小さな死体を手渡している。
「古城の主、アゲハ一族の当主殿に直談判しに行くんだよ。お前ら、結構仲いいんだろ?」
オーギはノートパソコンを起動させ、届けられたメールに目を通している。
カチ……カチ……。マウスのクリック音が事務所の空間の中に静かに響き渡る。
音を聞きながら、キンシはそこはかとなく居心地を悪そうに視線をさ迷わせていた。
「仲がいいと言いますか……なんというか、ただやたらとご縁が多いだけと言いますか……」
「そういうのって、腐れ縁って言うんだよ」
ツナヲがキンシに言葉の使いかたを教えていた。
「それにしても」
ツナヲは身に着けているポロシャツの襟元を指で引っ張っている。
「今日は珍しく疲れちゃったぜ。家に帰って、あっつーい風呂にでも入りたいな」




