息の根を止めておこうぜ
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ツナヲは視線をオーギの作業机、そこに敷かれた工作マットの上にのた打ち回る花虫に差し向けている。
「しかし、古城に直接乗り込もうだなんて、向こうさんもまあまあ大胆な真似をする」
キンシが違和感を抱く。
「でも、あんなに大きな姿のままだと、ツナヲさんの使っていた飛行魔術式に隠れることなんて出来そうにないですね」
「それは、向こうさんも想定外だったんじゃないかな?」
ツナヲは考え一ところにまとめようとする。
「本当は怪物を使って古城にカチコミしかけるつもりだったが、しかし予想以上に媒体が成長したのと、そこに重ねてもっと都合よく美味しそうなエサが見つかっちまった」
ツナヲは同情をするように、兎のように長い聴覚器官をユラユラとさせている。
「きっと怪物の方でも混乱が生じたんだろう」
「巷を騒がせるあやしい集団にしてみては、ずいぶんとおそまつな作戦ですね……?」
キンシが疑問に思っている内容を、しかしてツナヲの方はさしたる問題にはしていないようだった。
「そんなこともないんじゃないかな? なんてったって、相手は魔力によって形成された現状の社会を否定するのが第一の目標であるらしいからね」
魔力を必要としない生活の在り方。
「それって」
メイが小首をコクリとかしげている。
「そんなに大切なことなのかしら? なにも特別だとはおもわないのだけれど」
しかしながら今回はメイの方がこの場合におけるマイノリティーであったらしい。
「魔力が無かったら、どうやって生活していけばよいのです?」
キンシがメイに質問をしていた。
魔法使いの少女にしてみれば冷静を保った、公平的な問いを行ったつもりであった。
だが実際は少女の思惑通りには進まない。
「キンシちゃん」
酷く狼狽をしている魔法少女に、メイはむしろ自分の方こそ申しわけない心持ちになるのを自覚せずにはいられないでいる。
「でも、私が暮らしていた村では、みんながほとんど魔力に頼ることなく生きていたわ」
キンシはいよいよメイのことを、なにかしら信じがたいものでも見つけてしまったかのような目で見つめている。
「それは、ずいぶんと難儀な場所に暮らしてらっしゃったのですね?」
どうやらこの魔法少女は、どこまでも、どうしても魔力の存在しない社会形態を信じることができないらしい。
「魔力社会ネイティヴ世代、ってやつだね」
ツナヲが妙に「ヴ」の一文字が達者な発音で考察を片づけている。
「それはそれとして、キミたちはこののぞき虫をどう片付けるつもりなんだい?」
老人の魔法使いに先行きの心配をされた。
「 あきゃ あきゃ あきゃ あきゃ あきゃ あきゃ あきゃ あきゃ 」
ハリガネムシの姿を模した怪物の一種は、オーギの手元にて生命の気配にプルプルと震えている。
「そうやなあ」
オーギは少し考える。
考えた後に、彼は春風が通り過ぎような速度にて、怪物の行く先をあっさりと決めていた。
「殺すか」
オーギは右の腕、素肌をあらわにしている部分を少しうえに上げている。
左手でアイスピックを工作マットから引き抜き、大事そうに道具を机の引き出しに仕舞う。
「 あきゃ あきゃ あきゃ あきゃ 」
自由を得た。
ハリガネムシのような姿を持つ、監視用に特化した人喰い怪物の一種が鳴き声のようなものを発している。
「 あきゃ 」
もしかすると、怪物にとってその瞬間こそが生まれて初めて獲得した自由の一時であったのかもしれない。
何ものにも、いかなる理由、意味、社会的規律から外れた存在。
怪物は何も持っていない自分自身を喜んでいたのかもしれなかった。
「 あきゃ 」
蠢くそれを見つめる、オーギは少しだけ息を吸いこんでいた。
彼の右腕に熱が灯る。
彼の◇を幾重にも重ねたような幾何学的な文様。
呪いの火傷痕である肉の一部分、傷痕が烏龍茶のように透き通る光を帯びる。
濃厚なブラウンの光が明滅した。
その後に、机の上に四角い塊が落下してきていた。
ズダンッ!!!
落ちてきたそれは魔法の薬箱。
キャリーバッグのような造形をしている、魔法の薬箱は机ごと破壊する勢いで人喰い怪物を圧死させていた。
「おっし! これで死んだやろ」
オーギが満足そうにしている。
「なんて乱暴な!」
先輩魔法使いの殺害方法をキンシが仰天のなかで否定しようとしている。
「こんなのってあんまりですよ、オーギ先輩」
もしかしたら魔法少女は人喰い怪物に対する慈悲の心に芽生えたのかもしれない。
メイがキンシにひそかに期待をよせる。
「もっと苦しい死に方を用意してさしあげなくては! これでは死を実感するよりも前に、一気に圧迫死してしまうではありませんか」
しかし魔女の期待は魔法少女によって裏切られた。
「ご相談してくだされば、僕が一生懸命怪物と戦いを繰り広げたというのに」
魔法少女はあくまでも人喰い怪物との戦闘を望んでいるらしかった。
「アホぬかせ」
オーギはため息交じりに後輩魔法使いをたしなめる。
「事務所を、職場を戦場にするわけにもいかねえだろうよ」
「そういうもんだいかしら?」
魔女の疑問は、どうしようもなく魔法使いたちの耳に届くことは無かった。




