どんちゃん騒ぎに冷や水を叩き付ける
こんにちは。毎日更新、今日の更新です。ご覧になってくださり、ありがとうございます。
「だったら、監視用の寄生虫をそのまま古城に直接運び込ませる役割を持ったやつがいたか」
オーギは考えを巡らせている間に、ひとりの女の姿を思い浮かべていた。
「だとすれば、怪しいのはあいつになるが……」
オーギは全てを言葉に変換するよりも先に、視線をメイの方に移している。
「なあ、メイ坊よ」
いつも通り、自分の後輩にあたる存在をあつかうような態度に戻っている。
「ちょっち、その瓶を貸してくれないか?」
「んん? いいけれど」
メイは桜色のポシェットから蜂蜜入りの瓶を取り出している。
オーギはそれを事務机の上に置くことをメイに要求していた。
メイが言うとおりにしているのを視界の片隅に、オーギは右手に道具を取り出している。
「ちょっと離れてくれよ」
安全を確保するために、オーギはメイが事務机から一定の距離を取るのを確認している。
そのあとに、オーギは左の指先でハリガネムシを模した怪物を抑えこむ。
そして右手にアイスピックを握りしめ、銀色に鋭く輝くブレードでハリガネムシを串刺しにしていた。
うねる細い体のちょうど中心点にあたる部分を、オーギは器用にアイスピックで貫いている。
「 あきゃ 」
怪物が小さく悲鳴を上げた。
キンシの子猫のような聴覚器官が悲鳴の気配を拾い上げている。
怪物は貫かれた部分から赤色の体液をプックリとにじませ、溢れださせている。
工作マットの深緑の上に赤色の雫が垂れる。
「さて、ここにもう一工夫」
フリーになった手にて、オーギは右腕の内側に刻みつけられた呪いの火傷痕に魔力を籠める。
濃厚な茶色の光が明滅、そのすぐ後に彼の指先へガラスの棒が発現していた。
喫茶店のミックスジュースを飲むストローと同じくらいの長さ、ガラス棒を右の指に携えながら、オーギはメイから受け取った蜂蜜の瓶のふたを開けている。
ガラス棒の先端を蜂蜜の瓶の中に沈み込ませ、中身に満たされている琥珀色の粘液をすくいとる。
トロリとした雫がオーギの事務机、工作マットに軌跡を描き、やがて串刺しにされた小型の怪物の上に垂らし込まれていた。
「 ああ あきゃ ああきゃきゃきゃ 」
怪物が声を発している。
痛覚を予期させない、高めの音程に魔法使いはそれぞれの感情を抱いている。
「喜んでいますね」
キンシが興味深そうに凝視している。
「ああ、憎らしいほどにな」
オーギは忌々しそうに呟きながら、指の少しの動きでガラス棒を元の位置、目に見えない秘密の場所に魔法を使って隠している。
「どうやら、この蜂蜜自体に罠が仕込まれている訳では無さそうだな」
オーギがひとつ、安堵の溜め息を吐き出している。
「そりゃあもちろん」
キンシが先輩魔法使いの結論に補足を加えようとしてる。
「僕が口の中に入れても平気だったんですから、怪物にとって毒なはずがないでしょう」
自分の異常性をあっさり認めてしまっている。
しかしてキンシは自らの認識のずれよりも、それよりも気になる事項に注目していた。
「んるるる……? もしかして、オーギさん……リッシェさんのことを疑っているのですか?」
後輩である魔法少女の意見に、オーギが珍しそうに目をすこしだけ見開いていた。
「なんだよ、キー坊。お前さんにしてはずいぶんと察しがいいじゃねえか」
「いやあ、それほどでも……」キンシは反射的に喜びを表しそうになった。
だが次の瞬間には自分の本来の感情を取り戻している。
「いえ……そうではなくて。リッシェさんは、一応ながら人喰い怪物の殺害に協力してくれたのですよ」
「殺害って言い方はよせよ、駆除な、駆除」
後輩魔法使いの言葉遣いにオーギが僅かばかりの不快感を示している。
「おおよそ、その女が怪しい集団に繋がっていて、そいつを運び屋に古城へと潜入捜査しようとして異端とちゃうんか?」
オーギが予想を組み立てている。
「と、なると……」
若き魔法使いに同調をしているのはツナヲの声であった。
「そこに都合よく現れたオレは、古城へ潜入するためのこれ以上ないエサだったわけだ」
ツナヲはなぜか嬉しそうにしている。
「ヤバいヤバい、危うくここの土地、灰笛を管理するアゲハ一族にテロリズムを働くところだったよ」
ツナヲは安堵の吐息を吐き出している。
「ただでさえ小説家、ないし魔法使いデビューで実家からほぼ絶縁状態なのに。
こんな真似しとったら、実家のマミーにボコボコにされちゃうぜ」
「……それってもしかして、トビラ一族の当主の事いっとるんか?」
オーギが、まるで面倒くさいが解けなくもない数学の問題に直面したかのような表情を浮かべている。
「そうそう、ウチのご立派な首領だよ」
ツナヲの語りにキンシが想像を重ね合せている。
「ウワサによれば、予知能力に長けた魔術式を数多く算出されていらっしゃるんですよね?」
「予知能力だなんて、そんなご大層なものじゃないよ」
ツナヲは魔法少女の言葉遣いを面白そうに聞いている。
「大体は天気予報みたいなもので、主に人喰い怪物が現れやすくなる、「傷」の発生予報を取り扱っているな」
「怪物さんの、現れる場所。その情報を商品にしているのね」
メイの表現方法にツナヲは快活そうに同意をしている。
「そんな感じだ。情報を売る、うん、たしかにそうだ」




