レトロなやり口にダマされてしまったのです
こんにちは。毎日更新、今日の更新です。ご覧になってくださり、ありがとうございます。
オーギは静かに、嵐の前の海のように静かに怒気の波、気配を強く深くしている。
「突発性の人喰い怪物の発現に関する報告なし、勝手に独断にハンティング。土地の管理者への事前連絡も無しで、今うちの事務所には苦情の連絡がひっきりなしだ」
「ほうほう?」キンシが興味深そうに眼鏡の奥の瞳をきらめかせている。
「して、その内容は?」
「あー……えっと、その前に」
オーギは事務机の上で頬をつきながら、怪しむような視線をキンシ、そしてトゥーイの方に差し向けている。
「キー坊は、どうしたん? なんでトイ坊にお姫様抱っこなんかされてるんだよ?」
頼れる先輩魔法使いから「お姫さま」などと言うワードが登場したことに、キンシは思わず笑みをこぼしてしまいそうになる。
「いえ、これはちょっと……ちょっとした体調不良でして」
「お前が体調不良?」
オーギは疑おうとして、しかして過去の状況から現状を省みている。
「あー……まあ、お前ってやたらと体が弱くなるときあっからな」
それはそれとして、いまはもっと語るべきことがある。
話さなくてはなららいことがある、と、オーギはA4サイズの白い紙をペラリと右の指の間に携えている。
「さて、ウチの事務所におくられてきた、ありがてェ苦情の数々なんだが……──」
オーギが黒い文字で印刷された内容を読み上げる。
「魔法使いが往来を敵性生物のし甲斐を抱えたまま百鬼夜行、ワルプルギスの夜、ワイルドハントにハロウィンパーリナイで変態仮装行列!!」
コンピューターを使って打ち出し、プリンターで印刷した黒色の文字列をオーギがつらつらと音読している。
全てを読み終えたところで、リッシェが「ふわー」とひとつ、大きめのあくびを吐き出している。
「さて、文句はそこそこに、今回の獲物の清算をしなくちゃいけねェんだが……」
「それならこちらに!」
オーギの言葉を待たずして、キンシは首から提げているハート形のロケットの蓋をあけている。
金色の小さな蓋から紅玉のように赤い光が浮かび上がった。
赤色の光の粒はオーギの前、彼の使用しているデスクの上に大人しく収まり、そして実体を得ている。
二つの真っ赤なリンゴがオーギの前に現れた。
「ほう……?」
叱責もそこそこに、オーギは目の前に現れた魔力鉱物の結晶体へと集中力を向けている。
「これはなかなか、濃度の高いもんがとれよったな」
「そりゃあーモチのロン!」
オーギの反応に嬉しそうにしているのはリッシェの喉もとであった。
「アタシんとこのかわいいミツバチちゃんたちと、高品質で最高にエレガントな蜂蜜に誘われた怪物だよー? そりゃあ、そんじょそこらのダッサイ人喰い怪物とはわけが違う、もともとのセンス? ってものが違い過ぎて、もはや比べる必要も無いってカンジー?」
つらつらと語っている。
「なるほどな」
オーギは短く返事をよこした。そののちに視線をキンシの方に移している。
「あー……ところでキー坊よ、この女……じゃなくて、こちらの女性は一体誰なんだ?」
「えっとですね」
「はいはいはーい!」
キンシが語ろうとしたところを、リッシェが先に続く言葉を奪取している。
「アタシの名前はリッシェ・メリッファ、こちらで特別で最高にヴィンテージな蜂蜜を製造してまっすぅー!」
そのようなことを言いながら、リッシェはどこからともなく手のひらサイズの蜂蜜の瓶を取り出している。
「滋養強壮魔力強化、「メリッファ印の純正蜂蜜」! どうよー!」
「いや……どうよって言われてもな……」
オーギが戸惑っている。
礼儀もクソもない、あまりにもダイナミックなマーケティングに、先輩魔法使いは何も言えないでいる。
「ウチはそういう、訪問セールス的なヤツは一切お断りなんで」
「えー? なんでなんでー?」
オーギの反応にリッシェが意外そうにしている。
「そっちのキトゥンな魔法使いの女の子は、喜んで買ってくれたのにー」
「……おい」
オーギがキンシの方をジロリと睨み付けている。
「うひい?!」
触れてほしくない部分に触れられてしまった、キンシがトゥーイの腕の中で身を縮ませている。
「こ、これはですね……あのですね……っ?」
慌てふためいているキンシの体がずり落ちないように、トゥーイが腕の形を無言で調整している。
「これね」
うろたえにうろたえまくっているキンシの右隣から、メイが気軽そうな様子で蜂蜜入りの瓶を掲げている。
「六百六今、なかなかにきつーい出費だったわ」
具体的な値段を提示された。
商品としてはかなり高額の部類に入る内容に、オーギはいよいよキンシに向けて叱責の念を強めている。
「ちがうんです、ちがうんですよ! オーギさん!」
「オレのことはオーギ「先輩」! セ・ン・パ・イ! だっつうの」
最早何度目かも分からぬ注意。
その後にオーギは静かに、ほとんど無音に等しい動作にて呼吸を整えている。
「あー……うん、どーせお前ェさんの事だから、魔力がカツカツになった所をテキトーなカンジにだまくらかされたされたんだろ?」
「ご名答です!」
キンシが体を起こそうとした。
しかしどうにも上手くいかなかった。
ぐったりと萎れる。




