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残念ながらあなたは死んだ

こんにちは。毎日更新、今日の更新です。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 心臓を破壊された。恐ろしき人喰い怪物はようやくその肉体、骨や皮膚、歯、意識とこころにあたたかく穏やかな眠りのような死を迎えることができていた。


 音を失った怪物の肉体が魔力を失い、それに伴った浮遊力から解放された全身が本来の重力を取り戻していた。


「わあー! 落ちてくるー!」


 ビルの屋上に黒い影、リッシェが落下してくる怪物の死体たちから逃れるために、背中の翅を素早く稼働させようとしていた。


 しかしながら、彼女の不安はとりあえずのところ杞憂に終わることになった。

 なぜならば怪物の死体はキンシの持つ魔法、個性、固有と呼ぶべき形態によって空中に停止させられているからであった。


 金糸(きんし)のようにキラキラときらめく、魔法の糸に怪物の程良くしっとりとした死体が吊り下げられている。


「うぐるるる……重たい」


 キンシは一生懸命に魔力を使おうとしている。

 しかし魔法使いの少女の肉体は、少女自身の意識が把握している領域、区域を知らぬ内に踏み越えてしまっていたらしい。


「あ」


 最後に小さく声を発したのち、キンシの意識はぷっつりと途絶えていた。

 


 …………。


 一方その頃、少年は困窮(こんきゅう)していた。

 ……などと、あなたはひとり小説の書きだしの様なことを考えていた。


 場所は灰笛(はいふえ)にある喫茶を取り扱ったカフェの一角。

 あなたは仕事の取引のために、騒がしい縫製工場から徒歩でこの店に来ていた。


 カフェはホワイトとライトブラウンを基調とした色彩に、音の国(スカンディナヴィア半島にある立憲君主制国家のことを指す。因みに音楽が栄えており、ミートボールが美味しい)の雰囲気を模したインテリアデザインが設えられている。


 あなたはキャラメルモカのホットを口に含みながら、ノートパソコンから目をそらして意味もなく外を眺めていた。


 熱々のモカが舌を焼く。

 一旦覚ました方がいいと、あなたは紙コップを机の上に置いた。


 ノートパソコンに視線を戻す。

 しばらく仕事をする。あなたはこの灰笛(はいふえ)で魔術師、ないしプログラミングのような業種に就いている。


 この都市に働きに来てかれこれ五年は経過しただろうか。

 塔京(トーキョー)(東にある鉄の国の首都のこと)と比べていささか芋っぽい空気はあるものの、すめば都とはよくいったもので、暮らしていく分にはなかなかに居心地がいい、と思う。


 ふと、窓の外に異様な光景が映った。

 なにかの塊をはこんでいる複数の人間がいた。


「マジまんじ! オーガズム並みにチョー気持ちいいだけどー!」


 ワードの強烈さに、思わず店内にいた数人が外へと視線を向けている。

 みればそこには、人喰い怪物と思しき存在を運搬している若者数名と老人がひとり見受けられた。


 みればわかる、彼らは魔法使いだった。

 あなたはため息交じりに視線をノートパソコンに戻している。

 関わるべきではない。理性がそう告げていた。

 魔法使いなどと言う、社会の常識からはぐれた、あぶれた、マイノリティーなどに触ったら必然的に厄介事に巻き込まれる。


 と、いうのはあなたがあなたの両親から聞いた噂ばなしだった。

 そしてあなたはそれを信じていた。


 しばらく時間が経過。

 キャラメルモカがすっかり冷めた頃。


「やれやれ、外は酷い雨だ」


 男性の声。

 濃厚なカスタードクリームのような甘く滑らかな発音。

 あなたはちらりと視線を向ける。

 そこには齢三十を超えた程度の男性が立っていた。


 白色のすそが長めなチェスターコートを身にまとっている。

 男性は一見して魔術師のような雰囲気を持っている。


 若干眺め前髪、暮れゆく空のように暗い髪色。

 コートの襟のあいだからのぞく首は、一見して女性の持つそれと同じ細さと白さを持っている。


 大きめの目の奥には黒い瞳、頬の丸さと柔らかさは白玉のように、そこはかとない幼さをかもしだしている。


 少なくとも魔法使いではない、と、あなたはそう考えていた。

 清潔感、社会性、コミュニケーション能力、将来性、明るい希望。


 などなど、魔法使いには持ち得ないものたち。

 あなたは彼を自分と同じ魔術師、同じ領域に暮らすものと判断した。


 そして興味を半分ほど失った。

 

 コップの中のキャラメルモカが、もはや夏の水道水のように冷め切ってしまった。

 その頃合い、声がまた聞こえた。


「ではこの区域は廃棄処分、とのことで」


「ああ、それで構わないよ」

 

 甘い声の隣にいる、もう一つの声を貴方は上手く判別することができない。

 女性のそれであることだけはなんとはなしに理解する。ただそれだけだった。


「では、廃棄を行います。

 それでよろしいですか? ご確認、認証をお願い致します、トーヤ様」


 「トーヤ」と名前を呼ばれた。

 

 あなたは彼の事を見ようとした。しかし上手くいかなかった。

 あなたはショック死していた。

 青色の炎、それが全身を包み込んでいる。


 魔力で作られた橙色の炎が喫茶店全体を燃やし尽くしていた。

 机が燃える、椅子が燃える、コップが燃える。そして人間たちが燃えていた。

 あなたは悲鳴を上げることすらできなかった。


 口の中にはすでに酸素も水分もない、ただ自分の脂肪分が燃えていく中で、机の上のノートパソコンだけが最後まで形を保っていた。


 まことに残念ながら、あなたは死んだ。


 …………。


「それで? 無事に生き延びたったことか」


「えへへへへ……」


 オーギにキンシが笑いかけている。


 場所は、今日他の誰かが火あぶりにされた土地。

 それと同じ土地、同じ空気、灰笛(はいふえ)の片隅にある場所。


 そこに魔法使いたちが集まっていた。

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