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灰笛の愚か者は笑う(魔法使い的少女と王様じみたバカ野郎または青いバラがいかにしてカメリアちゃんの言葉を誤解したか)  作者: 迷迷迷迷
魔法使い的少女の第三章 いずれにしても兎はミートパイになってしまうかもしれない
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座りなさいミスターこっちにおいで

こんにちは。毎日更新、今日の更新です。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 クンクンクン、クンクンクン、クンクンクン。

 トゥーイは鼻の穴を限界まで広げている。

 二つの大して大きくもない穴の中、ピンク色の粘膜のヌメヌメとした内層。毛細血管が赤々と充血するほどに、トゥーイは興奮しているようだった。


「どうしたのかしら……」


 メイはトゥーイの目に違和感を覚えていた。

 それが怯えや恐怖に由来する感情のかたちの一つであることにきづくのに、メイはさして時間を必要とはしなかった。


 ハスハス、ハスハス、ハスハス、ハスハス。

 魔法使いは呼吸のしすぎで息のリズムを正しさから外し、かなり乱れたものにしてしまっている。


 ハァ……ハァ……と荒く、湿った息遣い。


「トゥ、なんだか気持ち悪いわ!」


 幼女のような姿をしている魔女に、かなり直球的な形で罵倒をされている。

 にもかかわらず、そんなことなど知ったことか。

 と、トゥーイは自分にとってもっと大切な事、最も大切な情報(データ)についてを考えている。


 スーハースーハー、スーハースーハー。

 匂いはトゥーイの手の平の中、シースナイフの持ち手を強く、強く握りしめている。


 突然ガバッと置き出す。


「きゃあ!」


 予測のつかない動作にメイはいよいよ怖気(おぞけ)の色合いをより濃密なものにしている。


 おびえる白色の魔女を他所に、トゥーイはツナヲがこしらえた魔法陣の上からビルの屋上へみたび降り立っている。


 だらりと右の腕が下がる。

 ポロポロと崩れていく、破片は少し前までは確かにトゥーイの腕の一部分であったはずの肉のかけら達だった。


「急にうごいちゃだめよ、トゥ」


 えぐれている中身、あと数センチ深く削れば骨が丸見えになるであろう深度。

 生々しさが強烈な傷からは、すでに火山付近の湧水のようにこんこんと新鮮な血液があふれ出てきている。


 リッシェのミツバチに負わされた細かな切り傷に加え、ほんもののナイフの攻撃性に侵略されつつあるトゥーイの肉体。


 表面はすでに赤い切り傷だらけだった。

 シトシトと、赤い雫が青年の皮膚の上を滑り落ちている。

 色素の薄い彼の皮膚に赤い血液が異様で奇妙なコントラストを描いていた。


「とにかく、そのうでをすこしでも治さないと」


「…………」


 メイからの提案にトゥーイが不満そうな表情を浮かべている。

 青年としては、自分の腕の損傷具合などどうでもよくて、一刻も早く魔法使いを助けるための手段を実行したがっていた。


「そんなにみけんにしわを寄せてもだめよ、言うことききなさい」


 睨むような視線に屈することなく、メイは毅然(きぜん)とした所作をよりハッキリとさせている。


「ほら、うでをだして」


 メイはトゥーイの裂けた右腕の皮膚や肉に右手をかざしている。


 呪文を唱える。


「ちちんぷいぷい。

 私の宝石、愛しの宝石。

 雨は甘い、夜は安らぎ。

 濁り、淀み、しこり、痛み、全て沈むは青い海」


 他人を癒すための魔法。

 光りが灯る、これから咲くであろう椿の蕾にちらつく紅色のように色付いた灯り。


 適温までぬるくしたみそ汁を舌の上に受け入れたときのような、豊かなあたたかさがトゥーイの傷ついた右腕を包み込んでいる。


 しゅうしゅうしゅう。

 サイダーの炭酸がはじける音に似たモノ。

 音色のあとに、トゥーイの右腕に生じていた裂傷が軽度治癒されようとしていた。


 めくれあがっていた皮膚は元の内側、密着を取り戻し、抉れていた肉は残された連続体を血液その他体液、水分と結び付けあっている。


 北国を駆け抜ける世紀末的デザインのスパイクタイヤに轢き潰され、肉も皮も無残にえぐり取られたような状態だったもの。

 それが治癒の魔法にて、せいぜい錆びたのこぎりに一閃を食らってしまったか、その程度に収まっている。


「きゅうごしらえだわ」


 メイは瞬間的にふかく自省をしている。


「ただのおまじないだものね」


 時間が足りない状況を悔やむと同時に、次の行動、展開を展望している。


「ことがぜんぶ終わったら、ちゃんとした治癒魔術式をよういするから」


「…………」


 トゥーイは白色の魔女に向けてコクリ、と首を縦に小さく振っている。


 さて、トゥーイはあらためてナイフを強く握りしめている。

 切っ先が狙うは、当然人喰い怪物ただひとつだった。


 人喰い怪物はいま、リッシェのはなったミツバチの類似品たちの攻撃を受け続けていた。


「   ううう  ううう  ううう ううう ううう ううう          あああああ  」


 忌々しそうにミツバチたちを振りはらおうとする。

 腕も足もないため、使えるのはトラックの運転席ほどの大きさがある猛禽類の頭蓋に似た頭部と、二十四メートルほどの人間の背骨に似た胴体、ただそれだけであった。


「…………」


 トゥーイは少し悩む。

 さて、あそこまでどうやって飛ぼうか。


 キンシのように、魔法使いの青年の愛しの魔法少女のように、重力を否定しながら空を飛ぶ方法。

 トゥーイはそれを持っていなかった。


「よかったら、お手伝いでもしようか?」


 提案をしてきたのはツナヲの声であった。


 トゥーイが振り向こうとするのと同時、すでに老人の魔法使いは行動を起こしている。


 人差し指をつい、と上に向けて空気の中に円を描く。

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