憧れの芸術家を見つけてしまいました
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シャンシャンシャン! シャンシャンシャン!
鈴の音のような音、それは恐ろしき人喰い怪物とトゥーイの周りを飛び交っていたミツバチ、に類似した魔力生物の翅が砕かれる音色であった。
透明な破片がいくつも飛び散る。キラキラとした翅のかけら達は、まるで雪国に輝くダイアモンドダストのようなきらめきを描いていた。
「あっれぇー?」
攻撃の意識を阻害されたリッシェが驚きをあらわにしている。
「粉々にされちゃったー」
同胞と呼ぶべき存在が破壊されたことについては、彼女自身は深く後悔を抱いている風でも無い。
少なくとも自分の車や蜂蜜瓶を破壊された時ほどの驚愕ではないようだった。
「すっげえー、あんなすごい魔術を使えるなんてなー」
「いいえ、それはちがうわ、リッシェさん」
幼女の声が聞こえた、彼女が魔女の方に視線を向けている。
「あれは魔術と呼ぶことさえできない、ただの魔法よ」
呼ぶための名前にこだわっている、メイは腰回りに魔力の翼を展開させたままにしていた。
「魔法かー魔法ってあれなんでしょー」
リッシェは魔女に「魔法」について知っていることを話している。
「頭のおかしい、キチガイにしか使えない、すっごく変なテクニックみたいなものなんだろー」
「まあ、まちがってはいないわね」
そんなことよりも、いまはトゥーイたちのことを考えなくてはならない。
しかしながら、白色の魔女の憂いとは裏腹に、魔法使いたちはすでにいくらかの答えをその肉体、思考、意識やこころに導き出しているらしかった。
「…………!」
トゥーイは武器であるシースナイフを握りしめ、それを上に勢い良く引き抜いていた。
人喰い怪物の体液をたっぷりと吸い込んだ、ナイフは前よりもかなり重さを得たような気がする。
…………と、思っていた。
勘違いであろうと、そう思いこんでいた。
のだが、しかしどうやら思いこみで済まされる話ではないようだだった。
枯れ枝が折れる音がした。
自分の骨にダメージが走っている、トゥーイはそれを直感的に悟っていた。
ミシミシと、ガラスの板が冷たい空気に軋む音響。
それはトゥーイの肌が裂ける音だった。
呻き声を漏らしている、無意味で無力な声をこぼしながら、トゥーイの体が怪物の背骨からこぼれ落ちていた。
ビルの屋上へと落ちていくトゥーイの体。
青年の肉と骨と皮膚が、魔力鉱物混交コンクリートで作られたビルの屋上へと落ちていく。
ぶつかる。
メイが手を伸ばす、同時に自らの行動が時間と言う制約のなかで満足な結果を獲得することができないことをさとっていた。
「おっと危ない」
しかし危惧する事態は訪れなかった。
トゥーイの体は、オレンジブロッサムのように透き通るな伸縮性のある丸型にくるまれていた。
「駄目だなあトゥーイ君」
ツナヲは右の人差し指を真っ直ぐ立てている。
「せめてもう少し長持ちすると思ってたんだが、どうやら見当違いみたいだったね。ゴメンゴメン」
ツナヲはふらりふらりと歩きながら、オレンジ色の簡易魔法陣の上で伸びているトゥーイの方に寄ってきている。
「実力に見合わない武器をもたせてしまったこと、実に申し訳なく思うよ」
そのようなことを言いながら、ツナヲはトゥーイの右腕に触れている。
「…………」
トゥーイがアメジスト色の左目に強く警戒心をぎらつかせている。
敵意剥き出しの青年魔法使いに構うことなく、ツナヲは医者のような手つきで彼の長袖をめくり上げている。
灰色の作業服の下にかくされていた、そこには大きく裂けた肉の形があった。
「ひっ……?!」
様子を見守っていた、メイが思わず悲鳴を上げそうになるのを寸前にて何とかこらえている。
腕が凍っている、そう思いこみそうになったのはトゥーイの皮膚がまるで氷のように白化していたからだった。
皮膚が氷のように硬質化している。
その姿は「御身渡り」と伝えられる神秘的な現象をすこしだけ連想させた。
しかし実際はそのように美しいものではなかった。
白色は皮膚の一部分として、内側には美しい湖を満たす水などではく、赤々とこぼれる血液の塊ばかりだった。
「あーあ、こりゃあひどい」
ツナヲは痛ましそうな表情を見せている。
「完全に肉体を構成する魔力が拒絶反応を見せているね」
「殺意のかたち、つよさに耐えれなかったということなの?」
メイが情報を頭の中で検索している。
「殺すための武器を、使いたくないと思い続けることが、武器にたいする裏切りになり、そのぶんの代償をはらう」
「そう、だからこそこのナイフは本物であり続けられるのさ」
ツナヲはどこか自慢げな様子で、トゥーイの腕の仲に握りしめられているナイフを見ている。
「さて、殺意の果てに望むべく答えは見つけられたん?」
老人魔法使いに問いかけられた。
「…………」
トゥーイはコクリ、と首を縦に動かしていた。
握りしめているナイフには赤い血がついていた。
混ざっている血液、トゥーイは短い刀身を鼻の穴に近づけている。
壊れた腕がボロボロと崩れるのにも構わず、トゥーイは血液の匂いをひたすらに嗅ごうとしていた。




