危うさは鮮やかさとやさしさに似ていました
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怪物がもだえ苦しんでいる。
猛禽類の頭蓋骨に人間の脊髄を組み合わせた肉体。
背骨のような形を持つ、トゥーイはそのうなじにあたるであろう部分にナイフを突き立てている。
深く、もっと深く。決定的な要素を引きずり出すまで、侵入の手を止めることはしない。
細くて柔らかい管に到達、表面を突き破る。
侵入は赤色の体液が漏出することで結果を迎えていた。
「 ! 」
怪物は悲鳴を上げながら暴れ始めている。
蠢く背骨たち。
それらはまるでファストフード店の机の上、縮ませたストローの紙袋に氷で溶かされ薄味になったコーラを一滴垂らした際の蠢きに似ていた。
手の平に収まるサイズであったのならば安心して楽しめたものを。
しかしてトゥーイの目の前に広がるのは、優に二十四メートルに達するであろう長さの背骨なのである。
ロデオと表現すれば、なけなしの格好よさを演出することができるのだろうか?
トゥーイは己に問いかけている。
下らないことを考えたくなるのは、自分自身に緊急の事態が振りかかっていることへの現実逃避が為せる業なのだろうか。
「トゥ!」
トゥーイの背中にメイがおおいかぶさっている。
「しっかり! だいじょうぶ、ダメージはちゃんとはいっているわ!」
メイの腰回りに展開された魔力の翼の羽ばたき。
怪物が喉の奥から発する泣き声、あるいは悲鳴。
「…………!」
トゥーイはナイフの持ち手を握りしめたままで、首だけを後ろに、メイの姿を再確認している。
メイは片足から血を流したままで、暴れ狂う人喰い怪物に怯えを抱きながら、しかしそれ以上にトゥーイの事を深く心配していた。
怪物が悲鳴を上げながらさらに身を大きくよじらせる。
遠心力が魔法使いと魔女のもとに暴力的な乖離をもたらしていた。
「きゃああっ!」
まるで羽毛の一枚を振りはらうかのようなたやすさのなかで、メイはトゥーイの背中、および怪物の肉体から振りはらわれてしまっている。
「…………!」
トゥーイは魔女の名前を叫ぼうとした。
しかし出てくるのはただの空虚な空気の音ばかりだった。
それは呪いの影響だった、彼がこの世界に存在するために失った要素が重さをともなって現実を圧迫していた。
…………。
一方その頃、ビルの屋上にて。
「なんかさー? ヨケーに状況悪くなってねー?」
リッシェが他人事のように状況を見上げていた。
「ううーん」ツナヲがゆっくりと立ち上がりながら、ゆるやかな動作にて視線を彼女と同じ方角に移動させている。
「やっぱり彼にはまだ、荷が重すぎたかもなあ」
「それってどういうことー?」彼女はツナヲの方を見ないままで、問いだけを老人のいる方に向けている。
「いや、しかし実験はまだ終わっていない、彼にはまだ可能性がある」
「ふーん」
言葉を繋げようとしたところで、二人のもとに風圧が襲いかかってきていた。
「わー!」
リッシェはとっさに翅を展開させて逃げている。
ブウゥゥーンと逃げ去る彼女。
さて困ったのは平然と彼女に置き去りにされたツナヲの姿であった。
「ヤベッ……!」
怪物の肉体、巨大な背骨が水の塊のように押し迫ってきている。
魔法陣を展開して逃げるべきだった、実際ツナヲはそうしようとしていた。
しかし間に合わなかった。
タイミングも実に最悪のていをなしていた。
老人の使い古された血管、擦り切れたハンカチのような血液、老朽化した魔力では到底怪物の凶暴な推進力に間に合うはずもなかった。
「うぐ」
ぶつかる。
肉体が吹っ飛ばされる。
「ツナヲさん!!」
メイが悲鳴のような叫び声で老人の名前を呼んでいた。
そしてその声をツナヲは兎のような聴覚器官にて、たしかに聞いていた。
白色の魔女は、ツナヲにしてみれば幼女のようにしか見えない、小鳥のような彼女は彼の命が危ぶまれているのを信じきっている。
その信頼を裏切りたい、ツナヲは直感的にそう思った。
「ぐ、ぎぎぎ……!」
衝撃に全身の神経が圧迫されている、呼吸すらもまともに出来そうになかった。
息を止めたまま、ツナヲは全身に魔力を激しく循環させる。
飛ばされていく方角、ツナヲは自分の体を支えるための魔法陣を何重にも展開させる。
文様も意味もなにも無い、ただ透明なガラス板を重ねた程度の要素しか作りだせなかった。
質より量、製作者であるツナヲの肉体を受け止める。
薄っぺらい魔法陣が老人の重さを受け止めきれずに何枚も、何枚も破壊されていった。
きゃあああ、きゃあああ、と、女の悲鳴のような不調和な音色を奏でていた。
計六枚ほどの魔法陣が破壊された後に、ツナヲの肉体はビルの縁ギリギリのところでようやく止まっていた。
「うぐ、ぐう」
ツナヲは詰まっていた喉を全力で広げるように荒く、激しく息をしている。
「なんてこった、チクショウ……老体にムチ打ちやがって……」
しかし命は助かった、今はそれで良しとしようと、ツナヲはそう結論付けることにしていた。
羽根の音が聞こえる、少なくとも翅ではなかった。
「たいへん!」
ツナヲが見上げれば、そこにはメイが彼のもとに飛び降りてきているのが見えた。




