願いごとをペン先ににじませましょう
こんにちは、毎日更新。ご覧になってくださり、ありがとうございます。
「 ああああああ ああああああ あああああ
あああああ。 」
人喰い怪物は叫ぼうとしていた。
言葉にすらなっていない、血と肉に飢えた獣の咆哮となんら変わりはない。
おぞましき鳴き声を発しようとしていた。
言葉を必要としない、およそ人間とおぼしきものですらない。
言語を介さない表現は、しかしながら人喰い怪物の全ての食欲を表しきれているとも思えない。
……と、そう思うのはメイの個人的見解でしかなかったのだろう。
少なくとも白色の翼を羽ばたかせ、雨の降る灰笛の空に停止飛行をしている彼女には、虚空を這いつくばる人喰い怪物の感情など理解しようもなかった。
「憐れね」
メイは怪物についての言葉を、自分にだけ聞こえる音量にて呟いている。
分かりやすく、とても分かりやすく、自分自身とは異なるもの見る。
異物を見る視線、意識のかたちをメイは自らの肉眼、右と左、両方にそろっている視覚に感じとっている。
読んで字のごとく、メイの肢体はいま怪物の肉体のほぼ真上に位置している。
上から眺めていると、メイは怪物の状況をただ傍観しているような心持ちになっていくような気がしていた。
だからなのだろうか、メイは怪物の変化に気付くことに後れを取ってしまっていた。
「 ああああああ あああああああ ぎああああああ ぎやあああああああ ぎゃああああ! 」
怪物が叫び声をあげているのに気付いたのは、メイの聴覚器官がその音を拾い上げていた、その時点にすぎなかった。
「キンシちゃん!」
叫んだ時点ではすでに遅かった。
人喰い怪物はすでに行動を起こしているのだった。
「うぐっ?!」
引力を感じていたのはキンシの左腕。
子どもを三十一人ほどあつめて一気に綱を引かせたかのような、強力な引力はキンシのこころの中にあった油断を最大限に利用、活用していた。
あれよあれよとしているあいだに、キンシの左手からは大切な銀色の槍が奪われてしまっていた。
それが敵の罠だと理解していたつもりだった。
しかし理性は思考の勢いに負ける、キンシは自らの肉体よりも武器を守ること、取り戻すを優先してしまっていた。
「貰い物なのですよ」
いつの日だったか、メイはキンシからそう教えられたような気がしていた。
「お父さん……。いえ、先代の「ナナキ・キンシ」から譲り受けたもの……なのです」
あれはたしか、魔法の図書館で作業に没頭していた時分のことだったか。
今になってメイがその言葉を思い出しているのは、彼女自身が魔法使いの少女の言い分に違和感を覚えていたことに起因していた。
きっと大事な武器なのだろう、そのことだけを考えればよかったとは把握している。
それなのに、メイは追及の手を抑えきれなかった。
なんといったのだろうか?
どうやって質問文を作り上げたのだろうか?
思い出しそうになる情報は、しかして目の前の惨状に打ち消されていった。
「 んぎゃああああああ んぎゃああああああ ぎゃああああああああ ぎゃあああああああ !!」
とても赤ん坊の保有するものとは違う、違い過ぎている。
生まれたばかりの生命の純粋さ、純真さとは大きくかけ離れてしまっている。
成人をとうの昔に追えた古ぼけた大人が発する掠れやその他雑音たっぷりと含んだ、泣き声は実におぞましく、うとましく、果てしなく気持ちの悪いものでしかなかった。
枯れ木を乱暴に折るような音が聞こえた。
雑音と共に破片がバラバラと飛び散る。
それらは怪物の肉体から発せられているものだった。
メイの放った矢に固定されていたはずの嘴が砕け散ってしまっている。
かぎ針のような曲線を描いた表面は無残にもバラバラになり、後に残されているのは悲しいギザギザばかり。
どうやら人喰い怪物は己の捕食器官を損傷することもいとわずに、ただひたすらに口を開くことを己の肉体における優先事項と決定していた。
崩れ去った嘴が開かれる。
「 ぎゃあ ぎゃあ ぎゃあ ぎゃあ あがががが いぎぃぃぃ いぃいいいいいいいいいい 」
もはや「嘴」と表現するにも値しない。
怪物は穴の中に魔法少女の頭を捕らえていた。
「んるえ?」
怪物が自分の体に覆い被さっている。
湿った気配、キンシの鼻腔を磯の香りに似た気配が刺激した。
頭を咥えたままで、怪物は大きく体をのけ反らせている。
まるで立派に育った大きな蕪でも引っこ抜くかのように、キンシの体はあまりにも容易く弄ばれているのであった。
「んぎゃ」
上昇する体の下、キンシは自分の肉体、重さが怪物の口の中に落ちていくのを紛れもない主観で見ていた。
「
ごくり」
怪物は魔法少女を丸呑みにしていた。
「…………!」
トゥーイは一瞬我を忘れそうになるのを、感情の増幅に並行する怪物への憎悪へと変換している。
感情をあやつる術を彼はすでに知っていた。
だからこそ知らない事に苛立ちを覚える。
どうすれば、愛しの魔法少女を助けることが出来るのだろうか。
考えると同時に、肉体はすでに次の行動、攻撃を起こすために走りだそうとしていた。
走り出すために踏み出した右足の一歩。
「ちょっと待ちなさい」
しかし青年を呼び止める声が存在していた。




