明日の天気も作戦も上手く考えられないのです
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しかし人喰い怪物に関しては、自分の肉体にどう羽根が生えそろっているかどうかなど、末端の取るに足らない事柄でしかないのだろう。
……仮に彼らに意思と呼べるもの、こころがまだ残っているかどうかさえ怪しいものであるが。
怪物に向かって走り出す影の形があった。
駆け出す足は力強く、ほとんどの迷いが無い。
影がビルの屋上を駆け抜け、空間に浮かぶ怪物の肉体めがけて飛び上がっていた。
「トゥーイさん!」
高く、高くジャンプをした。魔法使いの青年の名前をキンシが叫んでいる。
トゥーイの右腕には一振りの武器が握りしめられていた。
琥珀色の木材にこしらえられた、隆線を描く造形。
撥弦楽器のような形状を持つ武器。
ギターのような姿かたちを持つそれを、トゥーイは思いっきり怪物に叩き付けていた。
ガイィィィーン!
弦が打ち震える音色は、トゥーイの血液に含まれる魔力が正しく活動した証、そのものでもあった。
魔法の武器、ギターの破壊力は正しく施行されたはず。
そのはずだった。
「…………?」
しかしトゥーイは自らの手元に違和感を覚える。
破壊したはずの怪物の骨は、いまだに母乳のように不透明な白色を滑らかに保ったままでいた。
「魔力の結界ですか……」
キンシが左目の義眼に魔力の動きを観察しようとしていた。
赤い琥珀の義眼に封じ込められた、蓮の花のような姿に留まっている精霊。
精霊の一匹が「ナナキ・キンシ」の所有する魔法の図書館、蔵書量と繋がりあう。
リンクの果てにキンシは人喰い怪物が帯びている魔力的現象を検索していた。
「金魚鉢のように、まあるく結界が貼られているようです」
魔法使いの少女の言葉を聞きながら、メイは頭の中にイメージを組み上げようとする。
金魚鉢に閉じ込められている、のは、タカの頭蓋骨。
「滑稽ね」
メイが単純に怪物のことを見下している。
「僕としては、シュールレアリスムを想起するのですが」
キンシは白色の魔女に少しでも多く、たくさん、人喰い怪物を肯定する意を伝えようとしていた。
「絶対の防壁を保っていながら……しかして中身の弱点、可能性を隠そうともしない、ちぐはぐさがむしろ嗜虐芯をそそられると言いますか、……なんと言いますか?」
「シュールとかショーユとか、どうでもいいからさー」
リッシェが後方からキンシの無駄口を切断している。
「どーするのー? 無敵のバリアなんかがあったらさ、相手を殺すことなんてムリゲーじゃねー?」
「そう……──」
彼女の言い分に納得をしかけたところで、キンシはふと、怪物の姿を見つめていた。
一点、注目をする。
「──……いえ、まだ諦めるわけにはいかなさそうです」
「あら、なにかいい作戦でも思いついたの」メイがキンシに問いかけている。
「メイお嬢さん」キンシが姿勢を低くして、メイの聴覚器官に顔を寄せている。
魔女の持つ聴覚器官、植物種としての特徴を宿している、椿の花のような形を持った耳。
顔を寄せるとほのかに甘い香りがする。
キンシは鼻腔をムズムズと刺激させられながら、理性の中で粘膜の反応を抑制しようとしている。
「メイお嬢さん……」
「なあに、キンシちゃん」
こしょこしょ、こしょこしょ、こしょこしょ。
内緒話。
キンシの唇がメイの耳元から離れる。
「ほんとうに、ほんとうに、それでいいの?」
メイが魔法少女に疑惑の視線をむけている。
「大丈夫ですよ、きっとなんとかなります」
白色の魔女の疑問点に、キンシはいかにも楽観的な視点で物事を語っていた。
「これで、上手に殺すことができるはずです」
とかく、この魔法少女は人喰い怪物を殺す時に限って、まるで未来を夢見る若者のようなポジティブシンキングを発揮するらしい。
「分かったわ」
全てを了承したわけではない。
のだが、しかし他に良い案を思いつくこともなさそうである。
メイはそう判断していた。
「じゃあ、いきましょう」
そう言いながら、メイは腰回りに発動させていた魔力の翼を大きく広げている。
バサバサと羽ばたき、メイは目指す空間の中に身を投じようとしている。
雨が彼女の身に着けている雨合羽の透き通るビニール素材を柔らかく打っている。
メイは上を目指す。
魔力の翼の向かう先、魔女の白色の翼は怪物の頭上へと到達していた。
翼を羽ばたかせながら、メイは弓に矢をつがえている。
白色の魔女の血液を元に織られた弦が引き絞られる。
持ち主であるメイ、幼女である彼女の持ちえる腕力だけで弓は適切にしならせている。
腕の可動域いっぱい、人間の持つ引力の限界まで引き絞られた武器。
メイが指をはねるように離す。
魔力の薄壁におおわれていた右手から、矢の白い羽が放たれる。
発射された白い矢は推進力を元に、目で追いかけることのできないスピードで回転をしながら、怪物めがけて進軍をする。
まっすぐ飛ぶはずだった、矢はしかして「普通」の武器では為しえない変化をその身にまとう。
純白の一閃が一瞬つよい光を放出する。
内側に籠められた魔力の意味がその身に変身をもたらし、矢は三つの筋に分け離されていた。




