もう少しだけ友だちでいたい黄色達
こんにちは。お疲れ様です。今日の更新です。ご覧になってくださり、ありがとうございます。
ビルの上に生えているのは花畑であった。
そこは何の変哲もないビルの屋上、人間の出入りをほとんど感じさせない空間。
であるから、なのだろうか、その場所は植物に支配されていた。
「とうちゃーくー」
リッシェは屋上の外側に車を留めている。
地面の上にタイヤを固定させる訳では無い。車はその金属質と機構に宿した魔術式によって、ビルの近くの虚空に停止飛行しているのであった。
まるで黄色い風船を両面テープで積み木の横に貼り付けたかのような、リッシェの駐車スキルにメイが静かに関心をしている。
「さてさて」リッシェは車のキーを鍵穴の中で回転させている。
「ここいらで、今日も今日とて、お客様の望むあまーい蜜を集めに集めまくらなくちゃなー」
リッシェが身をひるがえして、運転していたクラシックカーから降り立っている。
下半身に吐いているホワイトのフレアスカートの柔らかく薄い布素材が、雨風の気配を孕んでヒラヒラ、ヒラリとひらめいている。
「着きましたか!」
その後にキンシが意気揚々とした様子で身を車の外に乗りだそうとしていた。
しかし、魔法少女の推進は柔らかい肉の塊たちにさえぎられているのであった。
「落ちつきなさい、キンシちゃん」
メイがキンシをいさめている。
魔法使いの少女の上半身に圧迫されている。
カラスの濡れ羽のようにしっとりとしている上着。
しっかりと撥水、防護、雨水を撥水……その他諸々のとても便利な魔術式を織り込んだ上着。
布の塊をギュウギュウと顔に押し付けられたままではたまらない。
メイはキンシをとりあえず元の位置、クラシックカーの後部座席の中心あたりに押し戻している。
「コーフンするのは分かるけれど、ものごとにはしかるべき順番ってものがあるのよ」
そう言いながら、メイはトゥーイの方に呼びかけている。
「トゥ、降りましょう」
「……………はい」
白色の魔女の提案にトゥーイが肉の声で、か細く今にも消えてしまいそうな声で返答をしていた。
「よいしょ」
トゥーイの股間から尻をずらし、メイはリッシェと同じようにビルの屋上に降り立っている。
限りなく密閉に近しい、狭苦しく息苦しい環境から解放された。
メイは背伸びを一つ、喉の奥で呻き声を発しながら全身の肉や筋をほぐしていた。
「ん……ふぅ」
呼吸をひとつ、メイは空を見上げる。
雨が降っている。
灰笛と言う名前を持つ地方都市。魔術師と魔法使い、魔術式と魔法がそこかしこに混在する。
そして同時に、飢えに飢えた恐ろしき人喰い怪物と、「普通」の人間たちが暮らす土地。
場所を包み込むのは、魔力と怪物の死体から発生する灰を大量に含んだ、不純物たっぷりの人口の雨である。
メイが雨合羽のフードを被っている。
パタタ……パタタ……。
ビニールの素材をもつ透明な雨合羽の表面、メイの頭部のそこかしこから雨の雫が柔らかくぶつかり、弾ける音色が聞こえてくる。
メロディーを聴きながら、メイはすみやかにリッシェの姿を屋上にて検索しようとした。
ぴちゃぴちゃ。
メイの履いている赤のエナメル素材のパンプスが、ビルの屋上にたまっていた雨水を踏んでいる。
水たまりを踏む、魔女のちいさな足音の向かう先。
そこにリッシェの姿と、そして彼女の向かうべく目的の空間が広がっているのであった。
「今日はこの区域に発生した魔力だまりを回収だよー、みんなー」
リッシェがそう語りかけると彼女の周りにて、
ブウゥゥーン、ブウゥゥーンと、ミツバチによく似たモノたちが返事をするように翅を鳴らしているのであった。
メイはリッシェのいる方に近づき、ビルの上に生じている花畑、……のような何かしらに顔を寄せている。
「片喰みたいなお花ね」
鬱蒼と生い茂っている緑色の葉脈たちの上、黄色い花が点々と咲いている。
まるで都会の夜空に細々と光る星々のように、永遠かと思われる緑の群れに鮮やかな黄色の花びらがまたたいている。
ひとつひとつは生まれたばかりの赤子の吐息のようにか弱い。
しかし同時に母乳をひたすらに求め、赤々と泣き叫ぶ赤ん坊の力強い生命力を想起させる瑞々しさに満たされている。
ブウゥゥーン。
メイの目の前を黒色の点が横切る。
それはミツバチの一匹であり、一つではない群れはそれぞれに黄色い花に付着しているのであった。
「この子たちは」
メイはリッシェに問いかけようとして、ほんのすこしだけためらいをおぼえている。
「この子たちは、ほんものの蜜蜂ではないのよね?」
白色の魔女の追及にリッシェが答えている。
「そうだぜー。っつうかー、人喰い怪物に狙われる時点で、「普通」の蜜蜂じゃないってことは丸わかりじゃねー?」
「んん、それもそうね」
メイは灰笛、およびこの世界における常識に身を染めようとしている。
「それにしても、こんな雨ばかりのまちにどうして、葉っぱとか、お花が咲いているのかしら?」
白色の魔女のことを彼女が小馬鹿にするように眺めている。
「だからー、この花も「普通」の花じゃないんだってー」
リッシェは身を屈めて花の一輪を摘んでいる。
そしてそれをメイの方に放り投げていた。




