自分で選んだくせに言葉を殺したがる彼女について
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リッシェがキンシにこの世界における事情を説明している。
「リンゴなんて、このご時世ゼータク品なんだよ、ゼータク品んー」
「そうなんですか?」
彼女の主張にキンシが疑問を抱いている。
「そうなんでしょうか? どうなんでしょう? ねえ、メイお嬢さん」
「んん……私に聞かれても、分からないわ」
魔法使いの少女の問いかけに対して、メイはただ思うだけの言葉だけを用意しているにすぎなかった。
「なんてったって、私も、リンゴについてはあまりよく知らないのよ」
メイは舌を使って薄桃色の唇を湿らせている。
乾きかけだった薄皮が唾液に濡れて、プルプルと一時的なうるおいを宿していた。
「「普通」のリンゴだったら、おじい様がよくおやつに市場から買ってきて、包丁さんで皮をむいて食べたけれど」
メイがそこまで語ったところで、白色の羽毛を持つ魔女の言葉にさらなる追撃が為されていた。
「ぎゃああ?!」
「きゃあ?!」
いきなり叫んだ、ように思われるリッシェの挙動にメイが羽毛をシュッとシャープにして怯えていた。
「おっとシツレイ、あまりの情報過多に思わず悲鳴をあげちゃったー」
リッシェは「てへぺろ☆」とこの場を誤魔化そうとしていた。
「だってえー……モノホンのリンゴをまさか? まさかの三時のオヤツに食べるとかー」
リッシェは相変わらず軽薄そうな態度を保ったままでいる。
しかしなぜだろう?
いまの彼女の表情、ハチミツ色の瞳には普段の快活さ、妖精族特有の世の中を舐め腐っているような軽妙さが大きく欠落しているようだった。
「もしかして、メイってどこぞの国のお姫さまってカンジー?」
「いいえ、私はお姫さまなんかじゃないわ」
メイは子猫のような魔法使いの少女をチラリと見つつ、すぐに視線をリッシェのほうに戻している。
「え? え? 私、そんなにヘンなこと言ったかしら?」
「もっちのロン、ロンはーまんだってのー」
ポカンとしているメイにリッシェが冷水のような言葉をお構いなしに浴びせかけ続けている。
「リンゴをオヤツとか、どこの世界戦前の王族貴族なんだってのー。もう、メイってやっぱり普通のチビじゃなかったんだなー」
リンゴについての語りをひとしきり楽しんだ。
リッシェは次に魔法使いたちに提案を続行させていた。
「ともかくーリンゴに関してはキンシたちが勝手に、自由にしかるべきところに運んだほうがいいとおもんだけどー?」
「んるえー……」
少しでも楽が出来るのかもしれないと思っていた。
めずらしく楽観的な考えかたに拭けっていたキンシは、溜め息まじりにリンゴを自らの手のうちに回収しようとしていた。
「では、僕のほうでお預かりしますか」
キンシはみたび胸元に手を伸ばし、首から提げているハート形のロケットの蓋をパチリ、と開けている。
右手にロケット、左手にリンゴ型魔力鉱物をあてがい、リンゴの赤色を透明な魔力……「水」によく似た要素で包み込んでいる。
あっという間にディスクオルゴール型魔術式と同様に、リンゴは赤いビードロ玉と同じサイズまで縮小されていった。
ゴクリ。
ハートのロケットがリンゴをその内側に吸いこんでいった。
「とりあえず、ここに保存しておくことにしましょう」
キンシはハートのロケットの蓋を再びパチリ、と閉じている。
「またあとで、事務所によらないといけませんねー」
「そうなんだ」ツナヲが兎のように長く柔らかい耳をピクリ、と傾けている。
「じゃあ、オレもあんた方についていこうかな」
「おお!」キンシが少しばかり大げさな身振りと素振りでツナヲのことを歓迎している。
「ついてきてくれるのですか、それはとてもありがたい」
「ちょっと待って、キンシちゃん」
キンシとツナヲの行動をメイがあわてて呼び止めようとしている。
「どうして? おかしくない?」
「んるる? どうしてですか、メイお嬢さん」
白色の魔女の意見に魔法少女のほうこそ不思議そうにしていた。
「魔術式の破壊について、少しでも多くの当事者に説明をしてもらわないといけないのですよ」
「ああ、なるほど、そういうことなの」
メイはそれとなく納得をしようとして、しかしどうにもこころを追いつかせられないでいる。
「でも、ツナヲさんの都合もかんがえてさしあげないと」
メイは申し訳なさそうな感情を瞳の上ににじませつつ、ツナヲのほうに都合の確認を行っている。
「オレは別に大丈夫だけどなあ」
白色の魔女の心遣いを、ツナヲは有り難く受け取ることにしているらしかった。
「今日は運よくフリーで、この後もたいした用事はないし」
「ヒマってわけじゃないけどな」。ツナヲは最後にそう一言付け加えると、右の人差し指をつい……と上に差し向けている。
三つ葉のクローバーを幾ばかりかデフォルメしつつ、そこはかとなく瀟洒な印象を持たせるデザインが為されている、そんな感じの魔法陣が老人の人差し指の先に展開されている。
「あ、そうだ」
リッシェが声を上げていた。
「そのまえにさー、せっかくだからアタシの仕事も手伝ってくれないー?」
「リッシェさんのお仕事、ですか?」
提案にキンシが驚きをおぼえている。
「僕なんか……僕みたいな一端にも満たない、しょうもない仕方がない魔法使いなんかに、あなたの大切なお仕事を邪魔するわけには……」
「そーやって下手に出れば、まあ、少なくとも必要以上に責めたてられることはないよねー」
キンシの態度をリッシェがリッシェなりに分析しようとしているらしかった。
「でも安心して、べつにアタシはキミを断頭台においたてようとしているワケじゃないんだよー。
むしろ、その逆って言うかあー」
リッシェは「よーするに」と言葉を繋げている。
「そうだなー、アタシもアタシで無駄に言葉を取り繕う必要も無いよねー」




