下種な交渉にダマされちゃいけないよ
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ハート型。人間の心臓を簡略化、デフォルメしたデザインのロケット。
形状としてはかなりメジャーなデザイン。トランプでも最低十三枚は見かけるであろうマーク。
キンシはハート形の金属の容器の蓋を開けて、ディスクオルゴールの形を持った魔術式を内側に誘導させようとしていた。
まるで自分に慣れていない他人の家のペットをなだめるようにしている。
魔法使いの少女の誘導に、ビー玉ひと粒分の大きさに縮小されたオルゴール型魔術式が牽制するような動作を見せている。
「んぐるるる……」キンシはビー玉サイズのオルゴールのことを困ったように見つめている。
「お気持ちは分かります、久しぶりに外に出れたと思ったら、このような往来で雨風ビル風に吹かれて作業を余儀なくされた。あなたほどの高貴なる魔術式ならば、もっとしかるべき演奏舞台をこちらが用意するべきだったのでしょう!」
キンシはまるでおエライ様に語りかけるような、そのような語調を作ろうと懸命に努力しているらしかった。
「なんかー、あわれなカンジのことやってるよー?」
リッシェはいよいよ愉快たまらないと言った様子であった。
ケタケタと笑いながら、リッシェは背中に生えている蜜蜂のような翅をブーンブーンと鳴らしている。
「まあ、そう言ったるなって」
少しだけ不快感をもよおす翅の音を聞きながら、ツナヲが兎のように長く柔らかい聴覚器官を小さく傾けている。
「魔法使いってのは自分が理解できないものに対しては基本的に下手に出るしかない、そう言う生き物なのさ……」
そう言いながらツナヲは遠くを眺めるような視線を少しばかり向ける。
その後に、ツナヲはおもむろにキンシの方に歩み寄っている
「駄目やなあ、キンシ君。ここはもう少し、多少なりとも強引な態度でことを進めなくちゃならんときってのも、あると思うよ!」
ツナヲは一呼吸置いてから、ビードロ玉サイズのディスクオルゴール型の魔術式を指で掴んでいた。
「よいしょ」
ツナヲは指の間にあるそれをキンシの手元にあるロケットに押し込もうとする。
「キンシ君、ほら、このまま大人しく退場してもらおう」
「は、はい……!」
キンシは急いでハート型のロケットにビードロ玉をしまいこんでいた。
「……」
その際にツナヲはとどめの一撃のように、ロケットのもう片方の中身を確認していた。
「なるほどね」
老人はそう言った後に、パッとキンシと距離を取っている。
「さて、リンゴを獲得することが出来たわけだが」
続けてツナヲはキンシの左手の上に置かれているリンゴ型の宝石、魔力鉱物の結晶体に視線を移している。
「それも、事務所のひとに送付するのかな?」
ツナヲはキンシに預かっていた事務所用スマートフォンを手渡そうとした。
「あ、ありがとうございます」
キンシが特に思慮する訳でも無く、単純に相手の厚意を受け取ろうとした。
「おっと、いけない」
しかしツナヲはスマートフォンを手渡そうとした寸前にて思い留まっている。
「君に最新式の繊細な魔術式は、猫に新鮮な烏賊を与えるくらい危ないことだったね」
「ええ……」
キンシがツナヲの心配りに、線香の煙のようにもやもやとした心持ちを抱いている。
「イカは僕の数多ある大好物のうちの一つなのですが……」
「おや、バター醤油炒めでいただくのかな?」
「いえ、醤油、みりん、料理酒、その他秘伝の配合ソースをからめた屋台焼きでいただきます」
「美味そうじゃん」
「ええ、美味しいに決まっております」
閑話休題。
ツナヲはキンシの話を「それよりも」と遮っている。
「スマホの異次元ボックスが使えないなら、ここはやっぱり」
ツナヲは転移魔術式のことを少しだけ特殊な言い方で呼んでいる。
リッシェが単語の使いかたに違和感を覚えている。
そうしているあいだに、ツナヲはリッシェとの距離を易々と詰めていた。
「君のところのミツバチに頼むことになるんだが」
「もっちのローン、おまかせあれってカンジー」
リッシェはさっそくミツバチの群れを再び招集している。
「こっちはまだ予備がたくさんあるからねー。欲しいならいくらでも貸せるよー」
「ふうん」
ツナヲは彼女に意見を述べている。
「どうせならもっと、よく吟味したモノを見せてくれればいいのに」
老人の意見にキンシが反論をする。
「でも僕は、ライブ感のある魔力の動きが好きですけれども」
ともあれ、リンゴ型宝石はまたリッシェのミツバチたちに頼ることになる。
なのだが……。
「これだけの魔力量、ウチのミツバチちゃんたち総動員でも運びきれるかー?」
リッシェが思い悩んでいる。
妖精族特有の三角形に尖る耳の先端を指の先で揉みながら、新しく生まれた悩みごとにあれこれと考えを巡らせようとしている。
「できないんですか?」
キンシが純粋に不思議そうにしている。
「たかがリンゴひとつ分ではありませんか。みんなで一生懸命頑張れば、きっとすぐに運び終えることが出来ますよ」
魔法少女の様子をリッシェはいよいよ信じ難いもの、砂浜で鯨の骨でも見つけたかのような視線で注目していた。




