読めない兎の心ほど厄介なものはない
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キンシはよろよろと、自分の身に着けているアクセサリーから排出したオルゴールに触れている。
リッシェがキンシに確認事項を伝えている。
「魔術式なら、作ったのは魔術師ってことになるからー、だから、これは魔法使いじゃなくて魔術師の作った結果ってことにならないー?」
揚げ足を取るような追及に、キンシが喉の奥を鳴らしながら真剣そうに考えようとしている。
「んるる……確かに、これはあくまでも魔術式であるので、ですので、魔法使いのためのモノとは異なる……?
いえ、しかし、それでも……たとえ製作者が異なろうとも、用途としては僕たち魔法使いのための意味と理由を持っているはずですので……なので、……──」
弁明、言い訳のような言葉を繋げようとしているキンシ。
「そんなことはいいから」
迷いあぐねている魔法使いの少女にメイが鶴の一声。
「はやく、この魔術式で怪物さんの心臓を、どうにかするのでしょう?」
メイが白色の羽毛をすこし膨らませながら、不満げに次なる展開を催促している。
「ええ、そうですとも、そうですとも」
白色の魔女に急かされている。
キンシは途端にあたふたとした様子でメイのほうを見やっている。
「メイお嬢さん、あずけていた……と言いますか、僕から奪い取った心臓を返してくださいませんか?」
「ええ、いいわよ」
魔法少女とは異なり、メイの方はゆったりとした心持ちで自らの所有物を相手に明け渡している。
白色の魔女から心臓、少しばかり、青年の右足の断面図分だけ質量を失った結晶体を受け取っている。
ロケットと同様に人間の心臓を模した形状をしている結晶体。
血に濡れてツヤツヤとした表面を持つそれを、キンシはオルゴールの内部に押し込もうとしていた。
銀色のディスク、いくつもの小さく細やかな突起が刻まれている。
その下に小さなくぼみがあった。
十二歳の子どもの手ならばすっぽり、手首ごと丸かじりできそうなくぼみ。
そこにキンシはぎゅうぎゅうと怪物の心臓をおし込んでいる。
セッティングをした後に、キンシは左手をひらりひらりとひらめかせている。
裏表、手の平の内、そこに一枚の硬貨が握られている。
銀色の硬貨。
「五今じゃん」
今と言うのはこの世界、鉄の国における通貨の名称のこと。
リッシェが不思議そうにしている。
彼女の近くにて、ツナヲが事情説明をしている。
「いや、あれは本物の硬貨じゃないよ。贋金、コンビニとかで強引に使おうとしたら自警団に通報されるよ」
「マッジでー? 激ヤバじゃんー!」
リッシェがケタケタと笑っている。
何がそんなに面白いと言うのだろう。
魔法使いたちが妖精族の彼女の感情表現に疑問を抱いている。
それはそれとして、キンシは効果をオルゴールの側面、ちいさく開けられているコイン投入口に放りこんでいる。
チャリン、硬貨が穴の中に吸いこまれていく音が暗黒の中に溶けて消える。
次の瞬間、音が産まれた。
金属が跳ねる、踊る、音の粒がアスファルトの上を染める雨のように空間を変えていった。
音響が鼓膜を震動させる。
鉄の琴の響きは途切れることなく、絶え間なく音色を紡ぎあげている。
銀色のディスクの向こう側、金属の事が凹凸に触れて跳ね上げられ、音色を奏でている。
「なんだろうー? このメロディー」
リッシェは妖精族特有の三角形にとがる耳の先端を指先で軽く揉んでいる。
「聴いたことのあるようなーそれとも、どこにも聴いたことのないようなー?」
リッシェは音楽に聴き惚れている。
「お客さんが音楽に聞き入っているあいだに」
ツナヲがキンシに話しかけている。
「なあ、ナナキ・キンシ君よ」
「んる? なんですか、ツナヲさん」
ツナヲがキンシの頭に触れている。
「んる」
そしてよしよしと撫でている。
よしよし。
よしよし。
「んるるる……どうしたんですか、ツナヲさん……」
「ところで、図書館の調子はいかがかな?」
「ああ、いまのところは蔵書に関しましては引き続き増量を……──」
あまりにもあっさりと情報を探られている。
そのためなのだろうか? キンシは違和感に気付くのにワンテンポほど遅れをとってしまっていた。
「んるるぇ? どうしてあなたが図書館のことを」
「キンシちゃん!」
それはもはや秘密を肯定していることと同義である。
メイがキンシのことを叱責しようとしている。
「あ、しまった……お手付きです!」
キンシはあたふたと胸の前で両の手を意味もなく振り回している。
「いまの無し、いまの無し! でよろしくお願いしたしまする……」
キンシが懇願をしている。
魔法少女の切なる頼み。
しかしながらツナヲはそれをあっさりと否定してしまっていた。
「残念、もう情報はこちらに獲得済みだ」
ツナヲはキンシににじり寄っている。
「なるほど、なるほど。君はやっぱり、ナナキ・キンシだったんだね」
まるで新鮮で瑞々しい豆苗を目の前にしたかのような、ツナヲは希望に満ちた表情で魔法少女のことを見ている。
「これはなんとも……」
ツナヲは再びキンシの方に腕を伸ばしている。
「ここであったが百年目、とはよくいったものだ」
途端、眼光が少しだけ剣呑さを帯びた、……ような気がした。




