うまい具合に手抜きをしたいのですよわたしたちは
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しかしリッシェは語るだけ語りながらも、それと同時に現状解決すべき事柄さえもしっかりと、ちゃっかりと自覚しているのであるらしかった。
「でも今はー先に、届けるべきリンゴを作った方がいいんじゃないってカンジー?」
「んるる! そうでした、そうでした」
キンシがたったいま事実に気が付いたかのように、子猫のような聴覚器官をピン、と立てている。
「怪物の心臓を、直で運送できない代わりにせめて、ここで形にしておかなくてはなりません」
魔法使いの少女が行動を起こそうとしている。
それを見ていた、メイが魔法少女に問いを投げかけている。
「前みたいに、魔法陣とかをつかってリンゴ……のかたちの宝石を作るのね?」
メイは頭の中に複雑怪奇な魔法陣の姿をそれとなくイメージしている。
だがキンシはメイの質問文をあっさりと否定しようとしていた。
「いえ、今回はもっと手軽な方法で、確実に作成することにします」
「どうするつもりなの?」
メイが小首をコクリとかしげている。
メイの白色の羽毛がなめらかなシルエットを描いている。
それを視界の隅に眺めつつ、キンシは左手で自分の首のあたりを触っている。
首でも絞めるつもりなのだろうか? メイは一瞬だけ猟奇的な想像をしてしまう。
しかしすぐにそれは勘違いであることに気付かされていた。
キンシは胸元から一個のアクセサリーらしきものを取り出していた。
黒のスタジアムジャンパー、その下に着用している白色のノースリーブワイシャツ。
胸元に揺らめいているのは金色のロケットであった。
人間の心臓、ハートを模した形状をしている、着用できる小型の金属の容器。
ハートの表面には細やかな刻印がほどこされているようであったが、子細な内容はメイからの視点ではさすがに上手く確実に確認することは出来そうになかった。
キンシは左の指先で金色のハートのロケットをたぐり寄せ、それを右手の上に預けている。
小さな容器を右の手の平に、開閉するための蓋の部分を左手で開けようとする。
密閉はそこそこに堅牢なものであったらしい。
キンシは少しだけ苦戦をしながら、眉間にわずかな力を入れながらロケットの蓋を開けていた。
ロケットの中身、そこにはなにやら小さな機械らしきものがきらめいていた。
「なにそれー?」
リッシェがキンシの手元をのぞきこみ、中身にある機械についてを少女に質問している。
「これはですね」
彼女からの問いかけにキンシが得意そうに受け答えをしている。
「こう……このように、取り出しまして」
キンシは左の指先で小さな機械をロケットから剥がし取ろうとしている。
ぱきっと硬い音が鳴る、と共に機械がロケットから離れる。
その瞬間、機械の周りを液体のような、「水」に似た魔力が包み込んでいた。
「なんかしらの魔術式っぽいねー?」
ビー玉ほどの大きさの「水」の檻を見ながら、リッシェが簡単な予想をたてている。
「ご名答です」
キンシはビー玉サイズの「水」、自らに近しい魔力の塊に息をそっと吹きかけている。
持ち主である魔法少女の意向に従う。
「水」の密封が見る見るうちに膨らんでいった。
キンシはそれを左手……いつのまにやら握っていた万年筆の銀色のペン先で操っている。
ロケットの内部に収まっていたはずの機械は、瞬きを二回繰り返すほどのあいだに柱時計程の大きさとなってしまった。
重さがずしり……と、赤い屋根の上に落ちる。
キンシは魔法のペンで機械をあやつり、それらが壊れてしまわないように、丁寧に屋根の上に安置させようとしている。
斜めに降り立った、機械は内部に万年筆のペン先と同様に銀色に輝く円形の板がはめ込まれていた。
「これはー?」
現れた機械について、リッシェは上手い具合に言葉を見つけられないでいる。
「ちょっととがったデザインの柱時計とかー?」
「いや、それはちがうと思うよお嬢さん」
リッシェが老人の声に振りかえっている。
みればそこにはツナヲが微笑みのなかで機械を眺めているのが確認できていた。
「これはおそらく、ディスク型の自鳴琴だね」
ツナヲは感心をするようにオルゴールを眺めている。
「それもかなりのアンティークだ。何でまた、キンシ君のような若人が所有しているのかねえ?」
表情は柔和なままでいる、穏やかな語調にてツナヲが疑いをキンシに差し向けている。
「これは、貰い物なのですよ」
キンシは特に動揺する様子もなく、ただ淡々とした様子で事情をツナヲに説明しようとしている。
「お父さん……。先代のナナキ・キンシが貰い受けた、ただの古い機械なのですよ」
自分が知っている分の情報だけを伝えた。
魔法少女の供述を聞いた。
「なるほど」
ツナヲは兎のように長く柔らかい聴覚器官、その左側だけを小さく傾けている。
「なるほど、ね」
何かしらの了承を得たように、ツナヲは自らに納得を重ね合せている。
「すっげえー」
リッシェが興味深そうに、背中の翅をブンブンとうならせながらオルゴールに近づいている。
「これ、どーやったら動くのー?」
リッシェは花の蜜に誘われる虫のように、不安定なゆらめきの中でオルゴールを眺めている。
「っつうか、どーしてここでオルゴールを出してんだよー?
なにいーキンシクーン、音楽でも聴きたくなってきたってカンジー?」
「ちがいますよ、リッシェさん」
リッシェとは異なり、キンシは空を飛ぶことなく、両足を使いながらよたよたとオルゴールに近づいてきている。
「これはれっきとした、魔法使いの魔法使いによる、魔法使いのための道具なのですよ」




