白い雪には赤い血がよく映えるのである
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メイはキンシを甘い言葉で翻弄しようとしていた。
キンシの右の手の平、空っぽの手の中にメイは指を滑り込ませている。
「ばれなきゃいいのよ、ばれなかったら、だれにも怒られることはないのだから」
「で、ですが……メイお嬢さん……」
罪の意識を主張しようとしている。
可能な限り、縄張りが許す限り、善良な存在でありたい。
というのはキンシの……自らをそう名乗る魔法使いの少女のささやかで、しかして切なる願いでもあった。
「悪いことをしてはいけないのですよ?」
キンシが抵抗をしようとしている。
「知らないわよ、そんなもの」
しかしメイは魔法少女の主張をバッサリと切り棄てていた。
「善いおこないをして、それでトゥの傷がいやせるのかしら? 善いおこないでこころは満たされても、おなかは空っぽになったままで、そのまま餓死するのがオチじゃないかしら?」
メイはそこまで語ったところで、ちいさく思い至るように自らの言葉を少しだけ否定しようとしている。
「うんん、これはちがうわね」
ふるふると頭を振る。
そうすると魔女の雪のように白い毛先、サイドにまとめた一本の三つ編みが首の動きに合わせて揺れ動く。
「私はただ、私にとって大切な人が安心できればいい。そのためには、たとえわるい大人に凌辱されたって、かまわないんだから」
「め、メイお嬢さん……?」
キンシはいよいよメイに対して恐れか、あるいは畏れのようなものを抱きつつある。
彼女に心臓を渡すわけにはいかない。
もしも許してしまえば、その内につらい地獄が待ち構えているような気がした。
だが時すでに遅し。
「えいっ」
キンシの左手からは怪物の心臓がメイによって奪い取られてしまっていた。
「あ!」
キンシが呆気にとられている。
「なにをなさるのです?! メイお嬢さん、返してください」
「いやよ」
メイはキンシの頼みごとを今は簡単に受け流している。
「キンシちゃんの言うとおりにしていたら、トゥの足はいつまでもちぎれたままだわ」
メイはポシェットから二本の編み針のようなものを取り出している。
二本でひとつのセットとなっている、メイは編み針でキンシから奪い取ったハートをあやつっていた。
「そ、それは……!」
キンシが状況の不都合さもそこそこに、メイの手の中にある魔法の道具に感動を覚えている。
「さきほどリッシェさんからいただいたばかりの弓、ではありませんか!」
キンシは右の目をエメラルドのようにキラキラときらめかせている。
「もうすでに、早くも自分の縄張りの内側に収められるように、工夫をこしらえていらっしゃるとは、んるる……さすがメイお嬢さんです」
たった今自分が悪事に貶められようとしているのにもかかわらず、キンシは目の前の素晴らしさにすっかり心を奪われてしまっているようだった。
「これはぜひとも、簡易化魔術式の組み方をレクチャーしていただかなくては……──」
「ンなこと言っとる場合じゃねえと思うんだが?」
魔法少女の高ぶりにツナヲが冷水のような冷静さを吹っ掛けていた。
魔法少女を置いてけぼりにしたまま、あれよあれよと言うまにメイはトゥーイのもとに怪物の心臓を運び終えているのであった。
「さて、と」
メイは左の手に心臓型の結晶体を持つ。
紅玉や柘榴石のように鮮やかな赤色を持つ結晶体。
美しき赤色は怪物の血液の色であり、かつて存在していたモノたちの証であった。
生命が失われようとも、なおも強烈かつ鮮烈に残留し続ける存在。
それがこのハートの形をした結晶体なのであった。
「えい」
メイは編み針のような形状に整えてある魔法の武器の先端、尖っている部分で心臓の一部分を削り落としていた。
ジャッジャッジャッ。
結晶体はメイが予想していた以上にたやすく削り落とすことが出来ていた。
てっきり本物の鉱石のように堅牢な作りをしているものだと、そう思いこんでいたのだが。
「かんたんにけずれちゃった」
メイが編み針を握る指先に削り落とした結晶体のかけらを握る。
「簡単に出来るのは、それだけメイお嬢さんの組み立てた魔術式が素晴らしいことの証明、そのものなのですよ」
キンシは依然として興奮冷めやらぬままに、まずはメイの持つ編み針のような道具に注目をする。
「魔術式に確固たる根拠があり、そしてそれが正統なる順序によって繋がっている。
繋げれば繋げるほどに、正しさはより強固なものになるのですよ」
キンシの語る内容に、メイはあまり理解できないままに小首をコクリとかたむけている。
「ああ、すみません、どうにも僕の説明だとアバウトな感じが多すぎてしまいますね……」
キンシは言い直そうとして、しかしながらどうにも上手い具合の言葉を見つけ出せられないでいる。
そんな魔法少女に助け舟のようなものをだしているのはツナヲの姿であった。
「昔で言うところの、文系理系の違いみてえなモンなんじゃね?」
ツナヲは視線を少し遠くの方に向けつつ、過去を振り返るように情報を語っている。
「オレの知っとる魔法使いさんも、やたらと文系な思考で難儀しとったよ」




