有象無象はしっかりと描きこんで手を抜かないように
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もっともメイにしてみれば、完全にキンシを満足させらえるほどの価値を与えることなど到底無理であると、この短い期間においてすでにいくらか諦めを抱いているのであった。
「こまったわね」
だからこそメイは早くにこの状況を解決しなくてはならないこと。
さっさと次の展開に進まなくてはならないことを自覚している。
「お困りのようだね」
魔女と魔法少女に救いの手、らしきものを差し伸べていたのはツナヲの声であった。
「機械についてなら、オレならちょっとばかしなら解決できると思うんやけど」
ツナヲはそう言いながら、すでにキンシの手の中からヒラリとスマートフォンを優しく、優雅に、そして同時に確かな強制力を持って奪い取っているのであった。
「んるる」
キンシが空になってしまった右手を元の位置に、向かうべき先を失った左側の指先で虚しく空を撫でている。
「あらら」
問題があっさり解決しそうになった。
メイは自分よりも優れている対象がこの世界に存在している事実にゆるやかな安心と、コーンポタージュのようにあたたかくまろやかな嫉妬と、すこし苦い絶望を抱いている。
「あ、そうでした」
ふと、キンシが思い出したかのように左手をある場所に伸ばしている。
魔法陣によって空中に固定されている人喰い怪物の死体。
カマキリのような姿を模している、キンシは怪物の細長い背中からとある一部を取り出していた。
「忘れるところでした」
キンシは自らに気付きを再認識している。
「忘れてはなりませんでしたね」
そして自戒を込めて、キンシは手にした一部分を大事そうに丁寧に、丁寧に左手で撫でている。
キンシが大切にしている、それはトゥーイの右足であった。
戦いの最中、カマキリを模した人喰い怪物の凶悪かつ純粋な鎌に切り取られてしまった青年の一部分。
キンシはそれをトゥーイのもとに持っていった。
「トゥーイさん」
キンシがトゥーイの名前を呼ぶ。
「…………」
トゥーイは跪いたままでいる。
右の片足を半分より少し喪失しているため、現状彼は健康な状態で直立を不可能としている。
そしてトゥーイ本人もまた、その状況に喜び甘んじている部分があるらしかった。
「トゥーイさん」
キンシが再び青年の名前を呼んでいる。
「……………んんー」
魔法少女からの呼びかけに、トゥーイは唇を閉じたまま、小さい唸り声のような返事だけをしている。
赤い屋根の上、ビルの群れ群れに守られる格好にて、雨に濡れていない場所。
トゥーイはそこにあぐらをかいている、腕の中にはいつのまにやらどこかしらから取り出したタブレットが設置されている。
ブラックを基調とした配色が為されているタブレットは、その内部にイラストレーションを作成するにあたって色々と便利になるであろう機能が搭載されているのである。
「トゥーイさん、電子版を使って絵を描いていらっしゃるのですね」
「…………うん」
トゥーイはコクリと首を縦に振って肯定の意をキンシに伝えている。
タブレットの上をペンが走る。
板と同様のカラーリングがほどこされたペンは電子画面において、繊細かつ的確に持ち主の意向を読み取り、空白の中に線を描き出している。
「トゥーイさんはすごいですね」
キンシは息を吐き出しながら青年をほめている。
「たしかマンガ家さんのアシスタントをやってらっしゃるんでしたっけ?」
「あら、そうなの?」
キンシから得られた情報にメイがちいさく驚いている。
「ええ、おかげで毎晩のようにこの人はペンを走らせ続けているのですよ」
メイから返事をもらえるとは思ってもみなかった、キンシはむしろ自分の方が深めの驚愕を抱いていることにまだ気づいていないようだった。
静かに動揺をしているキンシを支えるように、メイは魔法少女の左手にそっと触れている。
「ええ、ええ、分かってるわ、キンシちゃん。私にまかせてちょうだい」
メイはキンシの意向をある程度読み取っていた。
「おお、さすがメイお嬢さんです」
キンシはさらなる賞賛の言葉を用意しかけて、しかして生み出しかけた言葉をぐっとこらえている。
メイがトゥーイの方に近寄る。
青年の右後ろに立ち、わずかだけ彼の手元を観察することにしていた。
なるほどたしかに、絵の一部分である線や陰影の連なりが確認できていた。
画面にはいくつかの吹き出しらしきものが浮かんでおり、その中にはこのようなことが記されていた。
[ここ一面ビル街で、ムーディーでアダルトな感じでシクヨロ!]
おそらく作成しているマンガ作品の作者による作画の依頼内容なのだろう。
ふわふわと綿毛のように浮かんでいる吹き出し、その内部の文字をトゥーイは「ふぅ……」と息を吹きつけて除けようとしている。
青年の吐息を浴びた、吹き出しは菊の花びらのように軽々と画面の端へと移動させられていた。
いったいどういう仕組みなのだろうか?
メイは考えようとする。
まったく、この世界の魔術式と言うものは本当に便利で仕方がないのであった。
便利すぎて、メイは自分の立ち位置を失いそうになっているらしかった。




