好きなことは秒で終わってしまうのはなぜだろう?
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シュピピピピ……。機械的な音がパチンコ玉程の大きさの粒となって、赤い屋根の上の空間を幽かに振動させる。
魔術式の起動音を聞いた、ツナヲが嬉しそうに耳をかたむけていた。
「おやおや、懐かしい音色が聞こえてくるじゃん」
ツナヲは展開されたばかりの人喰い怪物検索用魔術式に指先を触れあわせている。
「オレも現役の頃はよくこれに頼よっとったなあ。もっとも、今のコレみたいにこんなにもコンパクトじゃなくて、一回一回、毎回いちいち魔法陣を一から描いとったんやけど」
「へええ……!」
先達の魔法使いの昔話に、キンシが頭に生えている子猫のような聴覚器官をピン、と立てて興味深そうにしていた。
話を聞きたい、昔の魔法について、自分の知らない魔法の在り方について、キンシは興味津々といった様子であった。
好奇心が肉の少ない胸の内でキラキラと輝き、ときめこうとしている。
「…………先生」
しかし今はそんなことをしている場合ではなかった。
トゥーイが静かに叱責をおくるような視線でキンシのことを見上げている。
「うええ……分かってます、分かってますとも、トゥーイさん……」
キンシはレモネードのように甘く爽やかな好奇心の心を、溶けかけの飴玉のように奥歯の辺りで噛み潰している。
「今はなによりも、とにかく、このご遺体を適切に処理しなくてはなりませんね」
キンシはそう言いながら、左の頬に付着する小さなコバエ……のような姿を持った極最少の怪物を指で払っている。
「花虫さんがいっぱいあつまってきちゃったわね」
メイは自らの毛先にとまり、そのまま根元まで登ろうとしている花虫の一匹をのんびりと眺めている。
「虫よけの魔術式、よういする?」
メイが魔法使いたちに確認をしている。
「…………」
彼女の提案を拒否しているのはトゥーイの首の動きであった。
フルフルと首を横に揺らし、簡単な動作の中で否定の意を相手に伝達させようとした。
「そう、いらないのね」
トゥーイの意向を読み取った、メイは魔術式を縮小させスマホをポシェットのなかにしまいこんでいる。
「それじゃあ、花虫さんたちに魔力をぜんぶ食べられちゃうまえに、怪物さんの死体を解体しなくちゃね」
言われずとも、トゥーイはすでに肉体の中に魔力を巡らせようとしていた。
「あれ、トゥーイさん?」
青年魔法使いの魔力の気配を肌に感じながら、キンシがふと違和感を見つけている。
「予備の魔法陣、今日は用意していないんですか?」
いつもならばお手軽に、メモ用紙やノートなどに印刷した魔法陣を使う。
しかし今のトゥーイの手の中には魔法陣どころか何の魔術的な文様も無く、それどころかペンも髪もないのである。
「もしかして、いまからここでこしらえようとしているのですか……?」
キンシが瞳孔を丸くしてトゥーイに確認をしている。
「…………」
魔法少女からの質問に、トゥーイは首を縦に振って肯定の意を短く簡潔に伝えているのであった。
伝えるや否や、トゥーイは着用している作業服のポケットからB5サイズの大学ノートとペンを取り出している。
ノートのページを開く。
うすく細い背表紙には、魚の形をした醤油さしボトルに似た形のインク壺らしきものがくっ付けられている。
ペン先一本が浸かるほどの幅のある口にペンを沈ませる。
銀色の薄くとがった金属が黒色の液体を纏う。
初めは丸、基本は丸、であった。
「君の相棒さんは、結構その場しのぎで生きている感じみたいやね」
ツナヲがトゥーイの方を見て、次にキンシの方に視線を移している。
「んるる、そう、そうなんですよ」
老人の抱いたイメージにキンシが同意を表している。
「いつもいつも、いかなる時でもライブ感を大事にしたがる人で……」
「要するに、計画性が無いんやろ?」
「うう……そうとも言います……」
魔法少女と老人が魔法使いについてを語っている。
「ところで」
ツナヲがキンシに問いを投げかける。
「君の名前は、たしか……ナナキ・キンシだったよね?」
「ええ、そうですよ。それがどうかしたのですか?」
「ああ、いや? なんでもあらへんよ、ちいと確認したかっただけやから」
キンシが聞き返しているのを、ツナヲはどうにも要領を得ない様子で誤魔化そうとしているらしかった。
「ただな、ずっと昔に会った誰かに似ているような気がしてな」
「?」
キンシがクエスチョンマークを頭の上に、ツナヲに向けて更なる追及を行おうとした。
しかし魔法少女が唇を開こうとした、ちょうど同じタイミングにて紙が破かれる音色が空間にて妙に大きく響き渡っていた。
ビリビリと一直線に破かれた、トゥーイがノートに記した魔法陣が作動をしようとしているのであった。
「なんと!」
ツナヲが驚いたように目を大きく見開いている。
「もう書いたんかいな、早いなあ」
驚きとともに賞賛の意を表している。
「…………」
トゥーイは少しだけ嬉しそうに、自慢げに鼻息をフンフンと鳴らしていた。
呼吸の音、循環する血液の流れ。
その先端にて、魔法陣に青年の魔力が注入されていく。




