何回も瞬きをすれば変わる心に動揺した
こんにちは。今日の更新です。ご覧になってくださり、ありがとうございます。
「オレの名前はツナヲ。トビラ・ツナヲだよ」
「トビラさんですか」
キンシが喉の奥を「んるる」と鳴らしながら、老人の名称についてを反芻している。
「トビラ……扉……?」
「それは、オレの入っている種族の名前だな」
ツナヲがふむふむと、頭部に生えている兎のように長い聴覚器官を少しだけ動かしている。
「兎の獣人、その名は扉。ただの名前だよ」
ツナヲが語っているのを、キンシは情報として自分の内に取りこもうとしている。
「種族の名前がそのままファミリーネームになっている、ということは、ツナヲさんのお家はかなりの高名さを持っているのでは……?!」
「さあて、そういう話も昔はよおあったもんやけど」
キンシの予想にツナヲははぐらかすような反応だけを見せていた。
「オレの名前よりも、今はなによりも、このご遺体を安全なところに運ぶのを優先させようや」
ツナヲは視線を左から右にスイ、と動かしている。
黒色の瞳孔が生命力に輝き、オレンジ色の虹彩が鮮やかに伸縮を繰り返す。
ツナヲはすぐに怪物の死体を安置するのに都合の良い場所を検索し終えていた。
「あの屋根、赤色の屋根の上に置かせてもらおうや」
「了解しました」
キンシとツナヲはえっさほいさと死体を運ぶ。
怪物の死体を赤色の三角屋根が頂点に生え、映えているビルの一部分にとりあえずのところ、設置をしていた。
「はあ、重かった」
ツナヲが赤い屋根の上に立つ。
老人約一名ぶんの重さを受け入れている。
屋根はビルの連なりの頂点にあり、それより上にはまた別の種類のビルの群れが伸びている。
ビルとビルの隙間、空白。
タンスの横にある隙間のような場所。
そこは日の光が浮遊する建造物の群れ群れにさえぎられ、ほとんど自然光が存在していない空間であった。
「現代魔術鍋いっぱい、および科学が小さじ一杯? な社会の弊害なんやろうね」
ツナヲが嘆かわしいものを見るかのように、周辺の景色に視線を巡らせている。
「太陽の光があらへんから、これじゃあどうやって洗濯物を干せばエエのか、全然分からんわ」
老人が嘆いている。
彼の嘆息に、キンシが不思議そうな視線を向けていた。
「お洗濯なら、乾燥用魔法陣を使えばいいのでは?」
「おおぅ……魔術社会現代っ子的ご意見、ありがとう、ありがとう」
ツナヲがジェネレーションギャップを味わい、悲しみと同時に味わいの様なのを楽しんでいる。
「まあ、洗濯物の話は今は関係あらへんわな」
意気揚々としている老人のすぐ近く。
「そんなことよりもさあーこれ、どうしようー?」
困惑を抱いているのはリッシェの声音であった。
「そんなに狭いところだとさー! アタシの車じゃ入れないんだけどー!」
ほとんど叫ぶようにしているのは、リッシェが四メートル以上離れた場所、空間にて車を立ち往生させているからであった。
メイが屋根の上に腰かけながら、リッシェのいる方角に叫びかけている。
「降りてきて、ここまで飛んでこればいいじゃないのかしらー?」
メイは赤い屋根の棟にちょこんと座りながら、雨合羽のフードを優雅に脱いでいる。
「ここなら、雨の粒はほとんどビルにかくされて、あまがっぱもひつよう無いくらいよ」
メイはフードの下に秘めていた三つ編みを空気のなかにさらしている。
雪のように白い毛髪。
丁寧に織り込まれたヘアセット、編み込みに灰笛と言う名前の都市を満たす雨に湿った空気を含んでいる。
メイはメイなりに、これはこれとして、仮の場所に居心地の良さをもとめている。
しかしながらリッシェの方は幼い見た目の魔女のするような、順応力のようなものをうまく作りだせないでいるらしかった。
「アタシは車ンなかで、しばらくジッと眠ることにするよー」
わざわざ飛行魔術なり魔法なり、なにかしらの魔力的要素を使用するのが面倒のか。
あるいは自分の領域、まだ完全に安心を取り戻していない蜂の巣や蜜蜂たちのことが心配なのかもしれなかった。
「せっかくリッシェさんのおかげで、今日の依頼内容を片付けることが出来たというのに……」
キンシが喉の奥を「んるる」と鳴らしながら残念がっている。
「…………」
キンシの足元、トゥーイが赤い屋根の上で膝を曲げてしゃがみこんでいる。
赤色の建造物の上にある、青年魔法使いの姿はイチゴジャムの上に乗せたホイップクリームのような白さを主張していた。
メイがキンシに問いかける。
「ねえ、キンシちゃん。つまりのところ、さっきのおっきなカマキリみたいな怪物さんが、今日の依頼にあったものになるのかしら?」
メイからの質問にキンシはすぐさま素直な返事を……。
「……んぐるる……」
送ろうとして、しかして上手く言葉を作りだせないでいる。
見るからに言葉に迷っているキンシに、メイは続けての根拠を追い求めようとしていた。
「事務所支給のスマホの情報によれば、すでにこのあたりの傷病は、あんぜんなレベルにまで落ちついているみたいだけれど」
そういいながらメイは、肩にかけてあるポシェットから一台のスマホを取り出し、機内にある魔術式を展開させている。




