イッツダンスタイムは彼の合図ではじまる
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ツナヲはどうやら全ての魔力を自発的に作りだしている訳では無いようだった。
右の指先、「呪い」の火傷痕、強大で有害な魔力の暴走によって作りだされた傷跡。
文様、タトゥーによく似た損傷が刻みつけられている。
指先には、つい先ほどまでツナヲとメイが使用していた魔術式の一部分がくくりつけられていた。
煙草の空き箱のような魔術の器官を支えていた、白い大きな風船のようなもの。
殻を剥いた固ゆでのゆで卵のようになめらかな表面は、魔術式に取り付けられていたときよりも一回り、いや、二回りほど縮小されている。
休日のデパートで熊や兎の着ぐるみアルバイトが配り回っていそうなサイズ感の風船。
これでカラーリングが赤だったら、この場面に日曜日の正午のような安穏さが演出されたに違いない。
「色を演出できなかったのが、ちょっとわびしくて申し訳ないんやけどなあ」
ツナヲは自らの人差し指の先端に装着されている白色の風船をチラリ、と見上げている。
「もうちょい、シャレオツなカラーリングができたらエかったんやけど」
「なにをおっしゃいますやら」
ツナヲの不満足具合をキンシが軽やかに否定している。
「あの瞬間で安心安全の魔術式を捨てて、自分の力だけで空を飛ぼうとするやる気や気合の方が、僕は信じられそうにないですよ」
キンシはツナヲの右人差し指をひたすら凝視し続けている。
魔法使いの少女の視線が固定されている。
それをはたから見ているメイが、気になっている事項をツナヲの腕の中で確認しようとしていた。
「そういえば、投げつけた魔術のハコはどうなったのかしら?」
メイが不安そうな様子を作ってみせている。
幼い見た目の魔女が視線をきょろきょろとさせているのを、ツナヲが視線誘導させようとしている。
「ああ、それならホレ、あんな感じになっとるよ」
ツナヲが他人事のようにアゴで指し示している。
そこには無残な形になって霧散しようとしている魔術式の姿があった。
「あらあら」
メイはとりたてて残念がるふうでも無く、ただ事実を受け入れるために状況を両側の肉眼で確かめている。
煙草の箱のように整えられていた直方体の魔術式は、今は亡きハリガネムシの姿を模した精霊モドキの食欲の下、雑にバラバラになりつつあった。
木材の上に雨水が何日にも渡って溜まり、浄化されることなくその場に留まり、果ては腐食を起こしたかのようだった。
魔術式は下半分をほぼ損壊させている。
粗雑な断面図は、腐ってしまったフローリングの破片のようにポロポロと空気の中に崩れ落ちようとしていた。
キンシが「んるる」と喉の奥を鳴らしている。
「壊れた魔術式に、作りたての怪物の死体……そして、あやしい集団の手がかり。ですか」
状況を理解するために、キンシは左の人差し指を下唇に押し当てている。
「さて、まずなにから片付けるべきなのでしょうか?」
魔法使いの少女の問いかけ。
質問文に答えているのは、状況において限りなく他人事でしかないリッシェの姿であった。
「とりあえずぅー? そのへんの支柱とかなにかに怪物の死体だけでも安置しておかないと、そろそろ花虫とかが集まってきてるぜー?」
クラシックカーの運転席からリッシェがそう呼びかけている。
たしかに、彼女の言う通りであった。
魔法使いたちの手によって作りだされた、作りたて出来たてな人喰い怪物の死体からは、羽虫のような別の極最少の怪物を呼び寄せる魔力の甘いにおいが立ちのぼり始めていた。
「どこか適当なところに、このお肉たちを運ばなくては!」
キンシは左手を上にかざす。
ピンと伸ばした腕の先、そこには銀色の槍が握りしめられている。
手の中にて、キンシは槍をくるりくるりとバトンのように回転させている。
バトントワリングの回転、銀色の槍が回る。
あれよあれよと言う間に、槍は一本の万年筆程のサイズまで縮小されていた。
キンシはびしっとペンの先を前に、漂う怪物の死体に差し向けている。
「くるっとまるっと、このご遺体を安心と安全の園へと運搬してさしあげなくては!」
キンシは左手でペンをあやつる。
魔力の気配がペン先から発せられ、ふんわりと怪物の死体に透明な片手が差し出されていた。
持ち上げようとする。
しかしキンシの魔法は、どうにも上手い具合に作用してくれないようであった。
「んぐるるる……?! これは結構重たいですよ」
なにせ相手はトラックほどの大きさがある怪物である。
シャベル一本の大きさしかない魔力の手では、せいぜい位置を少しずらすのが関の山であった。
「あーあー何しとん」
魔法少女の不手際にツナヲが呆れたような吐息を呟いていた。
「ほれ、後ろ持っとったるから、えーと? 女のコ、君の名前は?」
「僕の名前はキンシ、ナナキ・キンシです」
キンシは自己紹介を手早く終わらせている。
自分の名前について説明することが出来ているのは、ツナヲが怪物の死体の半分、あるいはそのほとんどを持ち上げてくれているからであった。
「ところで、ご老人、あなたの名前を全て、きちんとお聞きしていませんでした」
「今更だねえ」
ツナヲがキンシに呆れている。




