ムシでも釣ろうか殺そうか
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破壊されたのは心臓の形。恐ろしき人喰い怪物の生命の証。
怪物がこの世界に存在するにあたって必要な意味、魔力をつかさどる中心の器官であった。
キンシの、自らをその名前で呼称する魔法使いの少女の、銀色の槍が人喰い怪物の心臓を破壊していた。
槍の銀に輝く金属部分が真っ赤に濡れる。
あふれる体液は怪物の血液であり、魔力そのものでもあった。
怪物が悲鳴を上げる。
「 きゃーあ あああああ ああああ あああ ああ あ きゃあ 」
鮮烈で強烈であったはずの生命の奔流は、赤ん坊のくしゃみのようにささやかな幕引きと共に終わってしまった。
最後はあっけないものであった、カマキリの怪物はその肉体から生命の意味を失った。
人喰い怪物が殺された。
それについて、周辺の人間たちの意識は各々に異なる反応を示していた。
「終わった……?」
憐れにもこの戦闘の場面に巻き込まれてしまった、何ひとつとして悪くないであろう一般市民のご老人。
煙草の箱に類似した飛行魔術式に乗っている、老人はのぞき窓から少し身を乗りだして周辺の様子を探っている。
蜜柑色のフワフワとした体毛に包まれた、兎のような聴覚器官が右に、左にかたむけられている。
老人の耳が拾い集めている音の内、クラシックカーのエンジンが低い唸り声のような音を奏でていた。
「終わったってカンジー?」
クラシックカーの運転席、ハンドルを左の片手に添えつつ、リッシェが車のフレームから小さく身を乗りだしている。
「人喰い怪物はー? 殺す瞬間は見れなかったみたいー?」
リッシェは少し残念そうにしていた。
彼女の三角形に尖る耳の先、蜜蜂のような魔術式の一部分がブンブンと飛び交っている。
蜜蜂たちの腹の中にはまだ蜜は溜められていない。
体が軽い、蜜蜂たちの羽音にリッシェは耳をかたむけている。
「うんうん、ふむふむ、なるほどナルホドー」
しばらくの語らいのあと、リッシェは事の終了をようやく実感し始めていた。
「よかったー。人喰い怪物は無事に殺されたみたいだねー」
しかし全てを安心で終わらせられるほどには、まだ状況はクリアに至っていないようであった。
「まだ片付けなくてはならない相手がいらっしゃいます……!」
キンシが怪物の体を大きく蹴っている。
魔法使いたちの手によって生命の気配を奪われた、カマキリの形を模した怪物は力なくその体を崩れ落とそうとしている。
さて、困り果てているのは別の存在。
人喰い怪物の腹部に寄生していた精霊もどき、ハリガネムシの異形がその姿に動揺を滲ませていた。
頼るべき肉体を失った、ハリガネムシたちは瞬間においてメイの肢体を縛り付けていた拘束を少し緩ませている。
黒い触手が魔女の白色のやわらかな羽毛を手放そうとした。
一瞬の油断をキンシは一ミリとて逃さなかった。
キンシは怪物の頭を蹴り飛ばし、メイのもとに飛びかかっている。
赤色の長靴の靴底に踏み越えられた、人喰い怪物の頭部が雑に千切れている。
ボキボキと鉱石たちが崩れていく。
トゥーイの持つギター型の魔術式によって変容された魔力の形質、魔力鉱物のかけらたち。
緑色のきらめきのさなかにて、キンシとメイの体が柔らかくぶつかり合っている。
「きゃ!」
キンシに抱きすくめられたメイがちいさく悲鳴を上げている。
一つとして取り逃がさないように、全てを飲み込む抱擁の力にて、キンシはメイの体を抱きしめていた。
そして喉の奥を鳴らす。
「んるるる……」
安心を確信的なものにするために、キンシはメイの体に手を這わせている。
「よかったです、とてもよかったです」
「なにが、そんなによかったの? キンシちゃん」
雨が降りしきる灰笛の空気のなか、メイは自らの体を抱きしめる少女の頭をよしよし、と撫でている。
メイの腕、白色の羽毛に包まれた柔らかな感触、すこし伸び気味の爪の先がキンシの後頭部に触れている。
爪の硬い先端の感触を毛髪の中、柔らかな頭皮に感じている。
キンシは子猫のような聴覚器官をピン、と立てて彼女に触れている快感にふけっている。
「んるるー……」
キンシが安心しきっているなかで、それを許さない黒い影が三つほど。
「んる……まだ、まだまだ油断はなりませんということですか……」
キンシはメイの体を抱きしめたままで、怪物の死体に群がるハリガネムシの群れを見すえている。
「さて、彼らはどうすればよいのでしょうね……?」
キンシが不安がるように、ハリガネムシの形を象った精霊モドキたちは新鮮な魔力を求めて右往左往していた。
寄生していた、怪物の肉体が死を迎えた瞬間から、ハリガネムシたちは次の寄生主を探し求めている。
「なにが目的なのでしょう?」
キンシはメイのモフモフを抱きしめたままで、左目の義眼にモドキたちの目的を検索しようとしている。
「魔力を渇望する、……それはどうして? 誰の命令なのでしょうか?」
魔法少女の疑問点に答えを返す。
声は少女の腕の中に存在していた。
「さわってみて、ちょっとだけ分かったことがあるわ」
キンシの腕の中に抱き締められている、メイが少女に知り得た情報を伝えていた。




