首は曲がりきる限界まで曲げて千切ろう
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キンシが再び右手を、槍を持っていない方の手を前に、怪物のいる方角にかざしている。
ちいさく息を吸って、吐く。
呼吸のあと、もう一度とうめいな波が魔法使いたちの前に作りだされていた。
それと同時にトゥーイはバイクのアクセルを強く握りしめていた。
二つの車輪が灰笛を、そう名前で呼ばれている都市の空気を噛みしめる。
当たり前のように空を飛ぶ、バイクは魔法使いの青年の肉体を怪物の手前、二揃いの鎌が届く範囲まで運び終えていた。
「…………!」
トゥーイは少しの間だけ息を止める。
唇を固く引き結ぶ、緊張感と共に青年は怪物の鎌のあいだ、敵対すべき相手の中心点へとその身を突き入れようとしていた。
自分の真ん中、生命の形が集まっている部分。
そこを狙っている、のは、何も魔法使いたちだけに限定されている訳では無かった。
当然の事ながら、怪物もまた相手の命を狙い、その肉体を己が身に獲得しようとしているのだ。
人間の肉体。
筋肉や脂肪。
骨や、その奥に秘される柔らかな内臓たち。
血液をたっぷりと含んだ肉の形。
それらを怪物は望む。
望むがゆえに、怪物は自らの武器を振りかざしていた。
「 あああ あああ あああ あああ あああ あああ あああ あああ」
恐ろしき人喰い怪物は、捕食器官を使ってトゥーイの足に喰らいついていた。
まだたくさんの蜂を食んでいる口がくっぱりと開かれる。
鎌は、肉を噛んでいた。
トゥーイの体がさかしまになる。
鎌に囚われているのは左の足、骨はまだ折れていいない。
宙ぶらりんになっている。
トゥーイは人喰い怪物の右の鎌をほぼ完全に封印した事、その事実にまず小さく達成感を覚えていた。
ギリギリと肉が喰いちぎられようとしている。
最初の興奮が過ぎ去る、後に残されているのは神経を埋め尽くす痛覚だけだった。
全身を木の棒で叩き付けられ続けているような衝撃、強制力は全ての感情を凌駕している。
皮膚の神経が雑に断絶される、ブチブチと引き千切られていく。
いくつもの血管が細かく切り離され、中身から次々と真っ赤で新鮮な血液が溢れ出てきていた。
ドクドク、ドクドク、ドクドク。
傷口から血液があふれ、流れ落ちていく。
爪先から膝より少し下、肉体の連続が怪物の捕食器官によって断絶させられようとしている。
右足がまだ繋がっている、まだ切断はされていない。
トゥーイはそれを痛覚の向こう側、限りなく無感覚に近くなった意識の中で確かに自覚している。
さかしまの宙ぶらりんの状態のまま、そのままが続く。
状態の中でトゥーイはギター、……にとてもよく似た破壊のための魔法の武器を振りかざした。
右から左に薙ぐ。
ギターに付属する紫水晶色の破壊用魔術式が怪物の肉を変容させる。
魔術式が触れた端から、魔力を大量に含む肉の一部が魔力鉱物に変換させられる。
肉が石に変身させられる、ギターはその鉱石を粉々に破壊していた。
破片が飛び散る。
クロム透輝石の輝きたちが、灰笛の空気、雨に濡れる空間へと溶けていった。
肉を大きく穿った、中身がさらされる。
緑色がよく映える皮膚の下はピンク色の肉が連なっている。
いかなる人外であろうとも、どんなに恐ろしい人喰い怪物であろうとも、皮を一枚剥ぎ取ればそこに広がるのは桃色の肉ばかり。
柔らかな粘膜の合間に濡れているのは、ハート、心臓の形に整えられた魔力鉱物の結晶体であった。
ドクドク、ドクドク、ドクドク。
結晶体が脈打っている。
紅玉のように透き通る、赤色の結晶体は人喰い怪物の生命そのものであった。
「先生」
心臓を象った魔力鉱物の結晶体を見つけ出した。
見出した、頃合いになってついにトゥーイの右足の連続体が途切れようとしていた。
ブチブチ、ブチン……。
血の雫と共に、トゥーイの右足が怪物の鎌のもとに喰いちぎられた。
「…………先生!」
トゥーイがキンシのことを呼んでいる。
読み名を与えられた、キンシがそれに反応をする。
「……」
キンシは武器を構える。
大きな白い煙草箱の上、足場を頼りに呼吸を整える。
息を吸って、吐く。
全身、肉の重さや血液中の塩分、生命に必要とされる意識の形状の全てをひと時の間捨て去っていく。
槍の一筋が、銀色の輝きと共に少女の肉体を無色透明に変えていく。
魔法使いの少女の体が空を飛ぶ。
重力に逆らいながら、銀色の槍を携えてキンシと言う名前の魔法少女が浮かび上がる。
虚空にてくるりとひと回転。
槍の穂先を狙うべく結晶体、恐ろしき人喰い怪物の心臓に固定する。
「 ! 」
魔法少女が叫び声をあげる。
「あ」を基本とした、もっとも単純とも言える発音。
言葉としての意味を持たない音。
叫び声は震動となって周辺の人間たち、生きているものたちそれぞれの聴覚器官を震動させていた。
キンシの足、赤い長靴の靴底が怪物の首元とぶつかりあう。
足を支柱に、キンシは重力に逆らったままで槍を怪物の心臓に突き立てていた。
硬いものが、別の硬いものに破壊される音色が鳴る。
次に訪れたのは血飛沫であった。
真っ赤な体液たちは、人間の心臓が含む血液と同じにおいと味を持っていた。




