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死に巫女の祈りを聞き届けよう

こんにちは。今日の更新です。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 魔法少女の呼び声に、トゥーイは喉の奥で小さく答えを返している。


「了解」


 ごくごく身近な言葉、文章、単語だけを離している。

 トゥーイはバイクを操縦する腕に変化を付与していた。


 バイクの車輪を右に大きく回転させる。空を飛ぶ車輪は、灰笛(はいふえ)と言う名前を持つ都市の空気を摩擦している。


 空気中に含まれる魔力がバイクのタイヤと擦れ合い、キラキラとしたかけらを撒き散らす。

 ディスクグラインダーに削られる金属のような、きらめきは強烈な光を有していた。


「きゃあ?」


 メイがちいさく悲鳴をあげながら、バイクの座席の後ろがわにて姿勢を整えている。

 振り落とされないように、メイはしゃがみこみ、白い指で座席のわずかな余分をしっかりとつかんでいる。


 いや、仮に振り落とされたとしても、メイは空を飛ぶための健康な白い翼を持っているのである。

 だからこそ、トゥーイは何の遠慮も配慮も無しに回転を起こしているのであった。


 メイを乗せたまま、トゥーイのバイクは怪物たちに向かって走っている。

 

「先生!」


 走る最中(さなか)にてトゥーイがキンシのことを呼ぶ。

 タイミング、速度、機能の全てがキンシの頭の中に行動の一つとして組み込まれていた。


 キンシは右手をトゥーイの向かう先にかざす。

 食指をピンと伸ばし、魔力の形を簡単に作る。


 波打ちぎわの膨らみのような小さな坂が形成された。

 バイクの前輪が、魔力を凝縮した丘を登る。


 膨張に沿ってトゥーイのバイクがささやかな頂点を登りつめる。


「トットテルリ!」


 トゥーイが自らの道具の名前を呼んでいた。

 魔法の道具は呼び名に反応して青年の体を空中へと誘っていた。


「    !    」


 言葉にならない、言葉としての必要最低限の形も重さえも有していない。

 獣の威嚇とほぼ変わらぬ意味しか有していない、叫び声はビルの壁をビリビリと痺れさせる気迫が響き渡る。


 トゥーイがバイクから飛び立っている。

 右手をかざせば紫水晶の輝き。

 瞬きの後に一振りのギターが握りしめられている。


 トゥーイの、革靴に踏み固められた雪のように白い髪の毛がなびく。

 頭部に生えている柴犬ととてもよく似た聴覚器官は、真っ直ぐ怪物の方に向けられている。


 飛び上がる。

 青年の姿はさながら、白い巨大な鳥が飛び立つ姿として眼が錯覚しそうになる。


 雄叫びをあげながら、トゥーイはカマキリの怪物の翅めがけてギターを叩き付けていた。


 ギターのように見える、魔法の武器には目にハッキリと見える姿がある。

 楽器としての形状を保ったままで、ギターの周辺に紫水晶を砕いた破片のようなきらめきが纏わりつく。


 円と四角、長方形が均等に並ぶ。

 大きな丸がひとつ、その他にツマミのような小さな丸が三つ並んでいる。

 基盤を透明にしたようなもの、アメジストを溶かし込んだ薄紫がにじむ。


 紫の透明度をまとったギターが、怪物の翅を打ち砕いていた。

 

 強化ガラスをハンマーで打ち砕いたかのような、破壊の快感と爽やかさ、後悔が突風のように鼓膜の内部へと信号を流す。


 怪物の翅は粉々に砕かれていた。

 破壊の衝撃によって、人喰い怪物の腹に巣食っていた精霊もどきがビックリと身を縮み上がらせている。


 拘束の触手を緩ませた。

 老人を乗せた飛行器官が元の重力を取り戻している。


「うわー!」


 訳が分からないままに、ただ落ちていく老人。


 彼の姿を追いかける、女の姿が二つ。


「ご老人!」


 キンシがクラシックカーの屋根から飛び立っている。

 反射的に魔法を使う、左腕に水晶の透明度がともる。


 キンシは空を飛びながら、巨大ハリガネムシの触手から逃れた飛行器官を手で追いかける。


 風船、のような形をしている飛行魔術式の一部を握りしめる。

 ホワイトの風船の紐が、魔法少女の指に誘われるように大きく揺れ動いている。


 触れてみて分かった。

 ハリガネムシの形を(かたど)った精霊もどきは、そのヒョロヒョロの見た目にそぐわない貪欲さにおいて、魔術式に組み込まれた魔力を食い荒らし、(むさぼ)り、喰い尽くそうとしていた。


 空っぽになってしまっていた。

 魔術式の中身はムシに食われてすっからかんになってしまっている。


 魔力が無ければ、この巨大な煙草の空き箱もただの重しにすぎない。

 加えて中身には、約一名ほどの老人の男性が入っているのである。

 後に訪れる結果としては、世界の呪力に屈服した落下のみ、ただそれだけの事であった。


「……!」


 キンシの頭の中に最悪のイメージが明滅する。

 チカチカとまたたく光景、血みどろになった煙草箱の中身。

 破かれた皮膚の内側、脂肪の粒の連なりを引き裂いて剥き出しになった白い骨。


 こぼれ落ちた眼球。

 上直筋、外側直筋、下直筋、その他諸々の肉の筋たち。

 それらを想像する、キンシは生つばをゴクリ、と飲み下している。


「キンシちゃん!」


 ハッと目が覚めるような感覚、冷水にさらしたトマトが唇に触れたような刺激。

 心地よく濡らす、声音はメイの咥内から発せられているものだった。


 見上げる。


 キンシの視線の先にて、天使のような輝きが雨雲を透かした薄い太陽の光を浴びて輝いていた。

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