作戦内容は水たまりのなかで
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「しかしながら、しかして、これはどうして、なかなかに困ったことになりまして」
キンシが喉の奥を「んぐるるる……」と低く鳴らしている。
魔法使いの少女の喉から発せられる、錆びた鈴の音のような肉声を聞く。
メイが少女に状況の旨を聞こうとした。
「どうしたの? なにが、そんなにこまることがあるのかしら?」
白色の翼を風になびかせている、メイが小首ををコクリとかしげている。
白色の魔女の動作、視線の先にて、キンシはひどく動揺した様子で状況を彼女に伝えようとしている。
「困るも困るのですよ。七十六年前の大戦による戦火で、精霊と呼べる存在はほとんど死滅してしまったと言われているのですよ!」
キンシはメイの方を見ながら、視線はどうしようもないほどに怪物に寄り添う精霊の姿を確認せずにはいられないようだった。
「それがどうして……六つも! これは記録的事象ですよ……!」
キンシとしてはすでに、疑問という具体的な思考の形状を獲得しているらしかった。
だがメイはいよいよ、不透明な状況に頭の中が迷宮化していくのを傍観するばかりであった。
「んん……? 私には、フツウの人喰い怪物さんとおなじようにしか見えないのだけれど」
そう思うからこそ、メイは容赦なく次の矢を弓につがえようとしていた。
「め、メメ……! メイお嬢さん! お待ちくださいっ!」
白色の魔女が弓を引こうとしているのを、キンシが息遣いを荒くして制止しようとしている。
「だめですよ、だめです! 今日において精霊を殺害したら、古城からそれはもう恐ろしいおしおきが……」
「ばれなきゃいいのよ」
メイは構うことなく、言葉と同時に矢を放っていた。
ガラスが砕かれる、涼やかな音色が現れ、そしてすぐに消え去っていた。
「んにゃー?!」
キンシが信じ難いものを見つけてしまったかのような、すっとんきょうな悲鳴を上げていた。
「うっひょー! マジヤバくね?」リッシェが興奮気味に叫んでいる。
「魔女マジヤバい! 精霊殺っちゃうとか、マジアウトローってカンジー!」
リッシェはアクセルを踏む足の力を勢いのままに強めている。
車がスピードを上げているのを、キンシは車の屋根の上で肌に、じかに感じ取っていた。
「んぐるるる……オーギさんがここにいなくて、良かったと思う日は幾度となくありましたが……」
キンシはやがて諦めたかのように、左手の中にある魔法の糸を自分の体の内側にたぐり寄せている。
「ここまで来たら、僕は僕にできることをやるしかありませんね」
布の袋から吐き出される蜂たちの気配を肌に、キンシは間違いも正しさもしばらくのあいだ忘却することにしていた。
「そうそう、そのぐらいがいいんだってー」
リッシェが魔法少女の堕落を推奨している。
「どっちにせよ、キミのせいでアタシんとこの損害はかなりの……──」
キンシはすでに彼女の言葉を聞いていなかった。
糸からたぐり寄せた槍を左手に掴み、唇で息を吸って、吐く。
空気が少女の肉体を染め、紅色の肺から排出される二酸化炭素が雨の雫に溶けていく。
キンシが左手のなかで槍を回転させる。
くるくる、くるくる。バトントワリングのように、キンシは銀色の槍と自分の肌を互いの寄せ合っている。
小さな舞の後に、キンシは槍の切っ先を怪物の姿に向けて定めている。
万年筆のペン先のような形をしている、刃の鋭さの果て、そこにキンシの魔力と灰笛の空気を満たす魔力が混ざりあう。
比較的早い速度にて「水」の弾が形成されている。
大きさはハンドボールほど、大人の手の平ならば容易く収まる程度。
素早く魔法を使うことが出来たのは、キンシの内層にてある程度の覚悟と決意が確立されているからなのだろうか、真相は魔法少女の無意識だけが知っていることでしかない。
「メイお嬢さん!」
作りたての魔法を、キンシはためらいもなくメイの方に差し出していた。
「これを使って、小雨ひとつ、お願い致します」
魔法少女がなんのことを言っているのか。
メイは言葉だけでは少女の全てを理解することが出来なかった。
しかし今は言語にたよる必要性もなかった。
なぜならばそれよりも、もっと分かりやすい情報がメイのもとに訪れているからだった。
メイは自らの肉体の一部をちぎって作成した矢に、キンシが作ったばかりの魔法を触れ合せている。
瞬間、魔法少女が何を望んでいるのか、情報がメイの肉体に受け入れられていた。
「ステキ、おもしろいわ」
メイは微笑みながら、矢じりに魔法のひと塊をともない、先端を上に差し向けている。
提案、アイディアを受け入れてもらえた。
キンシの魔法はメイの矢の先端と共に移動する。
弓を引き絞る。
メイは矢が向かおうとしている先、キンシの作った「水」の玉の向こう側に灰笛の空を見上げていた。
矢を放つ、放たれた一線が魔法を貫通する。
矢が帯びる回転力、貫かれた魔法に流れが与えられる。
矢羽に「水」のような魔力が追従し、推進力は怪物の上を通過しようとした。
怪物から見て丁度真上に当たる部分まで至る。
そこへメイが魔法に決定的な言葉を付与していた。




