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股のあいだぐらいは精霊にまかせておきたい

こんにちは。今日の更新です。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 キンシはわずかに唇を開く。

 ぽっかりと空いた隙間から、息を止めることなく吸って、吐いている。


「あ、動き出した」


 キンシと共に後ろ側を見ていたリッシェが怪物の動向に気付いている。


「逃げなくちゃ!」


 リッシェは車をバックさせている。

 ビルとの衝突を回避した(にしき)の糸から車が離れる。


 方向転換、クラシックカーは再び灰笛(はいふえ)の空のなか、ビルの群れ群れの合間を飛びまわっている。


 怪物もその後に続く。


「 あああああ ああああああ  あ   ああいいいいい  あいいいぎぃぃぃぃいイイイいい!!!」


 翅の根元を矢で貫かれたまま、それでも怪物は飛行のための器官を動かし続けている。


「なんという豪胆! 素晴らしいです!」


 キンシは敵に賞賛の言葉を贈っている。

 台詞を考えるなかで、キンシは体を車の屋根へとひるがえしている。


 よじ登る。

 屋根の上に巣食う蜂の巣と、キンシの長靴(ブーツ)黒い靴底がぶつかり合う。


 ぐちゃり。

 蜂の巣がブーツに踏みつぶされて、立体を平たくする湿った音が聞こえてくる。


 聞こえてきたはずの音は、しかして灰笛(はいふえ)に降り注ぐ雨の気配に掻き消されていた。


「ししいぃぃぃぃぃぃー!」


 奥歯を噛みしめたままで、息を大きく吸い込む。

 キンシはクラシックカーの屋根の上で、蜂の巣を踏み荒らしながら左腕を大きくかざしている。


 銀色の閃光が走る。

 太陽の光と見紛う輝きは、キンシの持つ銀の槍が放つ気配であった。


 キンシの魔力が引力を生み出す。

 外した投てきから、再び槍がキンシの左手に戻ってきていた。


 左手に槍を握りしめ、キンシは再び怪物のいる方角に狙いを定める。


 キンシの手の甲に刻みつけられている、渦を巻く(ハート)のような模様が水晶のように透き通る輝きを放つ。


 右足を前に一歩踏み出す。

 左の肩から指先にいたるまで、キンシは己の肉体を一つの弓として意識する。


 槍を放つ。

 今度の的は大きい、だから外すこともなかった。


 ブシュウゥゥゥ……!


 人型の布の袋に槍が突き刺さっていた。

 キンシは左手を強く、強く握りしめている。


 魔法使いの少女の左手、薬指と中指のあいだに銀色のきらめきがちらついている。

 それは糸、のような形状をした魔力の形質のひとつであった。


 キンシは呪いの火傷痕が蔓延る薬指と、まだ、健康そうな肌が残っている中指に力を籠める。


 糸を引っぱり、意図のままにキンシは槍を遠隔操作している。

 

 ……とは言いながらも、やることは単純なことでしかなかった。

 槍の全体を下に降ろす、ささやかな抵抗も虚しく降ろし続ける。


 ビリリリ! ビリリリリ!


 布の袋が槍によって引き裂かれる。

 断絶の音が鳴り響いた。


「んんー?」


 直感的になにかしらを悟ったのだろう、リッシェが車のハンドルを握る親指に汗をにじませている。


 ブウウゥゥゥーーーン!


 いくつもの小さな翅が羽ばたく、集合体の音が裂け目からあふれ出していた。


 大量の蜂、蜂、蜂!!!

 袋の中に閉じ込められていたはずの蜂たちが、たちまち逃避行を図っているのであった。


 逃亡の気配を感じとった。


「うわー?!」


 リッシェが悲鳴に近しい叫び声をあげている。


「なんか、なんかっ?! メッチャクチャ逃げてるんだけどーっ?!」


 彼女の言う通り、瞬くまに袋の中からは蜂が逃げてしまっていた。


 魔力を持ったものたちが逃げ去った。

 おおよそ空になってしまった布袋を引っ提げたままで、人喰い怪物が浮遊力を失おうとしている。


 怪物が悲鳴を上げる。


「  あああ   ああ   あああ  ああ   あああ  ああ   あああ  ………………  」


 力の無い悲鳴。

 落ちたら死が待っている。

 命の危機が、怪物の肉体に義務的な機能をもたらしていた。


 透明さをもたらす薄い膜からはみ出される。

 

 現れ(たま)うは、クロムダイオプサイトの色彩と輝きを放つ細く長い胴体であった。


「あれは」


 メイはすぐに脳内にて情報を検索している。


「カマキリだわ。おおきなカマキリがいるわ」


 メイが表現をするための言葉を選んでいる。


 しかしながら、当り前のごとく、それはただ巨大な蟷螂(カマキリ)とは異なっているのであった。


 いくつかの緑色を帯びた光が漂っている。

 

 海原に漂わせるガラスの浮き球のような丸み、緑色の美しさはカマキリの怪物の体表ととてもよく似た色彩を持っていた。


「あれは……!」


 キンシが驚愕に身を震わせている。


「精霊ではありませんか! ……どうして?」


 魔法少女が心の底から驚いている。

 理由をメイは肉体の内に組み込まれた情報にて検索をしようとしていた。


「精霊は、それらがとくに微弱なばあい、人喰い怪物さんのかっこうの餌食、になるのよね」


 メイはゆっくりと、だが確実に言葉をえらんでいる。


「だとしたら、あんなにもなかよしこよしにしているのは、ちょっと違和感があるわね」


 白色の魔女がそう表現しているとおり、ガラス玉のような精霊たちはまるで人喰い怪物を守るかのように、その周辺を一定の距離感を保ちながら漂っているのであった。


「理由を考えている暇はなさそうですね、……おっとと」


 車が三つ目のカーブを曲がろうとした所で、キンシは車の屋根の上でバランスを整えている。

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