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彼氏は彼女の翅を噛み砕く

こんにちは。今日の更新です。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 一回目はまだマシであった。

 いわゆるビギナーズラックと言う奴だったのかもしれない。

 ビルとの激突を避けられた、リッシェは瞬間のなかに今さらながら自らの幸運を称えたくなる。


 しかし二回目はどうだろう? 同じ幸運が連続する可能性は、この世界の確率においてどれほどの合致をクリアすれば叶うのか。


 いずれにしても、リッシェは今度こそビルと自分の車の衝突に身構えるだけ。

 ただそれだけであった。


 彼女は固く目を閉じる。

 なにが起きようとも、この身が激突の衝撃によってバラバラに引き裂かれようとも、せめてハンドルだけは最後まで握りしめていたい。


 と、言うのは彼女のなけなしのプロ根性的な意地である。

 なんにせよ、彼女はそれなりに覚悟を決めているようだった。


「……?」


 だからこそ、彼女はいつまで待っても訪れない衝撃に(いぶか)る思いを抱いていた。

 恐る恐る目を開けてみる。


 するとそこには、銀と金の糸の並びがキラキラときらめいていた。


 それは魔法の糸であった。

 リッシェは直感的に察知し、次に魔法の持ち主である少女の姿を探そうとする。


 後ろを振りかえれば、そこには左手を前にかざしているキンシの緊張感があった。


「あ……危ないところでした……」


 左の指をピン、と真っ直ぐのばしている。

 手首の太い血管から指先の毛細血管にいたるまで、血液の中の魔力に集中力をみなぎらせている。


 キンシの左手がかざす方角に、魔力によって構築された魔法の糸が折り重ねられていた。


 蜘蛛の巣を二重に重ねたような形状をしている、魔法の壁はある角度で見れば銀色に輝き、別の角度で見ると金色、あるいは赤色にも見える。


 車の推進力を妨げている、糸は人間一人を包み込む大きさの錦織(にしきおり)さながらの美麗さがあった。


「防護クッションの割りには、ちょっときらびやかすぎないー? なんか、虹の中に突っ込んじゃったみたいだよー」


 リッシェがのんきに詩的な指摘をしてきている。


「言っている場合ですか」


 そんな彼女にキンシは一貫して事への緊張感を求めていた。


「できれば三重(さんじゅう)にしておきたかったですが……僕の力量ではこれが限界で……」


 口惜しそうにしている。


「だいじょぶだいじょぶー。そんなに気を落とすことないってー。ねえ、キンシクンー」


 キンシをなぐさめるようにしている、リッシェの足は依然としてアクセルを踏んだままだった。


「なぐさめも有り難いのですが……とりあえず、まずはアクセルから足を離していただけませんか?」


「ああ、ゴメンゴメンー」


 キンシに具体的に要求をされたところで、ようやくクラシックカーが暴力的な推進力を停止させている。


「ところで、人喰い怪物の方はどうなったカンジー?」


 リッシェは今度こそ安全のなかで後方を確認している。


「そうですね……」


 リッシェと同じように、キンシもクラシックカーのフレームから身を乗りだして後ろ側を観察していた。


「メイお嬢さんの矢をうけて、翅の動きは停止したみたいです」


 キンシがそう表現しているとおり、怪物の翅は動きを止めていた。

 

 羽ばたくこともせずに、ただその場に浮遊している。


 聞こえてくるのは周辺の人々が悲鳴を上げながら、息を吸うことも忘れてこの場面から逃げていく、ザワザワとしたざわめきばかりであった。


「翅もつかわずに、よくもまあ、お空に浮かんでいられるものね」


 メイがどこか侮蔑(ぶべつ)をはらんだ視線を人喰い怪物に向けている。


 メイの白色の翼が雨風を含んでいる。

 白色の魔女の気配を感じとりながら、キンシは怪物についての推察をしている。


「おそらくですが、布袋の中身が空を飛ぶための浮遊力を補強しているのでしょうね」


 ここまで考えたところで、キンシはふと一つのアイディアを思いついていた。


「まてよ……ですが、しかし……」


 キンシは考えを巡らせている。

 頭部に生えている子猫のような聴覚器官が、懊悩(おうのう)によってペタリ、と烏賊(イカ)のヒレのように平たくなっている。


 バイクの音が近付いた。


 音のする方を見れば、車の外側にトゥーイのバイクが並列して空を飛んでいた。

 バイクの後部座席、ちいさな空白に足を乗せている、メイの姿を見出すことが出来ていた。


「どうしたの、キンシちゃん。

 あたらしいアイディアがあるのなら、それをヒミツにするべきではないと思うのだけれど?」


 メイは誘導をしたがっているようだった。


 しかし白色の魔女の言葉、声の色、リズムのおおよそが導くのではなく、むしろ強迫てきな気配を有している。


 と、いうことに気付いているのはなにもワードの中心点に定められているキンシだけに限定されている訳では無いようだった。


「え、ええと……」


 キンシが黒色の柔らかな体毛に包まれた正三角形の耳を平たくしたままにしている。


 魔法使いの少女が当惑しているのに、後押しをしているのはリッシェの指の動きであった。


「そうだよそうだよー。メイちゃんの言うとーり、魔法使いなら出し惜しみしちゃいけないってー」


 彼女に推奨をされた。


「そ、そそ……そうですか?」


 キンシは少しの勇気を出す。

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