ずっと深いビルの内側へ
こんにちは。今日の更新です。ご覧になってくださり、ありがとうございます。
トゥーイの運転する空飛ぶバイク。その後部座席にて、メイは両の足を丁寧に、上品にそろえている。
空気の抵抗、魔法使いの青年があやつる魔法のバイクの走行の妨げにならないよう、メイは腰のあたりで魔力の翼を折りたたんでいる。
右手に弓。自身の身長と程良い塩梅になった武器を構える。
左手に必要なのは矢だった。メイは深く考えるよりもさきに、指先を自らの翼のなかに沈み込ませている。
ほとんどためらいもないままに、メイは自分の翼から羽根を一枚抜き取っていた。
ズキン、とした痛みが皮膚の下から背骨の密集に電流のごとき速さにて伝達させられる。
しかし痛覚はこの場面において、メイにさしたる意味をもたらさなかった。
メイは、白色の翼を持つ魔女は唇をちいさく開く。
「すう、はあ」
呼吸をする。
魔女の右手のなかで羽根が紅色の光をまとう。
光りは瞬きをしたくなる程の密集を来たし、かと思えば、すぐに気配を灰笛に降る雨のなかに溶かしていた。
紅色の光の明滅のあと、そこに現れていたのは一本の矢であった。
「具現化の魔法ですか……!」
魔女の業に、キンシが右の目をキラキラと好奇心いっぱいにきらめかせている。
「いやー? あれはどっちかって言うと形状変化の魔法に近いかもよー?」
リッシェがキンシの意見に追従をしようとしている。
「すくなくとも、魔法みたいな才能と運と気まぐれまかせみたいな、曖昧でいい加減で、アバウトなヤツとはちがうと思うー」
人喰い怪物に追いつかれないか、そうでないかの瀬戸際、ギリギリのラインを攻めながら器用に視線をメイの方に移している。
「濃霧……あー……えっと、アタシら妖精族の翅みたいに、もともと体に持っている魔術式を攻撃用に形状変化させてぇー」
そこまで語った。
そのところで。
「……んぐるるる……?」
キンシが苦しそうにしているのをきいた、リッシェは話題の方向性を変換させていた。
「まあ、アレだよアレ、魔力の翅を使って、同じ魔力の矢を錬成させたってカンジー?」
彼女と少女が魔力や魔術などなど、エトセトラについて議論を交わしている。
そのあいだに、メイは現れた矢を弓につがえている。
小手を用意することが出来なかったのが心苦しいが、ここは素手で誤魔化すしかない。
思いながら、メイは弦を右手で引っ張っている。
左手の向かう先、そこに怪物の一部を固定する。
弦がすこし緩みがちだ。
加えてあまり手入れもされていないのだろう、長い長い期間、倉庫なり物置なりで放置されてすっかり埃のにおいを身にまとってしまった。
埃臭さ、ムズムズする感覚が鼻腔の奥、粘膜を刺激したような気がした。
もちろんそれは思いこみにすぎないと、メイは自分自身に言い聞かせる。
弦を限界まで引く。
指が痛い、個人の握力ではここまでが限界かも知れなかった。
指を離す。弓から矢が放たれる。
バヒュンッ!
音をともない、矢が怪物の方角に放出される。
矢は怪物……が咥えている布の袋の上部に、ボス……ッと音をたてて突き刺さった。
「ねらいがはずれたわ」
メイは悔しがる暇もなく、次の矢を用意しようとした。
だがそのところで、彼女の左側の翅に揺れる指の気配があった。
「あら?」
見れば、トゥーイが左の手をバイクのハンドルから離して、人差し指をいっぽん伸ばしているのが確認できた。
迷いもためらいもなく、メイは青年の指先に触れている。
途端、温かさが彼女の手の平を全体的に、まんべんなく覆い尽くされている。
透明な「水」で作られた、かりそめの小手が形成されている。
「まあ」
メイはトゥーイに対してちいさくおどろいていた。
「ステキ、ありがとうね」
トゥーイに短く的確に礼を伝えた。
そのあとに、メイはもう一度翼から羽根を抜き取り、それを一本の矢に転じている。
矢筈に弓の弦を噛ませる。
矢と弦が噛み合わさった、いささかな密着をメイは小手をまとった右手にて包み込むように握りしめる。
弓を引く。
弦が限界まで引き絞られる、ミチミチという音色がメイの聴覚器官をかすかに刺激した。
矢を放つ。
反り返った弓が元の形を取り戻そうとする力、弾く流れが白色の矢に推進力をもたらしていた。
狙いを定めて、澄ます、矢は目的の場所に命中した。
翅の根元に矢が刺さった。
「 あああ あ あああああ あ あ あ あああ ああああ あ 」
怪物が悲鳴を上げていた。
「ヨッシャ! 的中ってカンジー!」
喜びの声を上げているのはリッシェであった。
彼女は運転席の窓から首だけをだして、自らの後方にて攻撃を受けている人喰い怪物の様子をうかがっている。
「おみごとー!」
攻撃の成功に興奮をおぼえているリッシェ。
「り、りり……リッシェさん!
そんな彼女にキンシが叫ぶように注意をしている。
「前、前を、ちゃんと見てください!」
キンシが警告しているとおり、彼女たちが乗っている、車の前方には浮遊ビル群の一部分が目の前に差し迫っていた。
「あ、ヤッバ」
気付いたころには時すでに遅し。
リッシェは急ブレーキを踏むとほぼ同時に、激突、衝突のシナリオを頭の中に思い描いていた。




