後ろの光は誰であろうとも死ぬ間際に見たい
こんにちは。今日の更新です。ご覧になってくださり、ありがとうございます。
車は空を、走るように飛び続けている。
雨はずっと灰笛の全てを冷たく濡らしていた。
キンシがかざした左腕、そこには呪いによる火傷の痕が痛々しく、しかして同時に不気味さを覚えるほどの明確さの中に残留していた。
火傷痕は蔦植物の若い枝先のような曲線を描いている。
それらはなにかしらの文字を表しているようにも見える。
キンシがさらに魔力を集中させる。
そうすると、少女の左腕全体に魔力の集合が文様となって浮かび上がっていた。
手に触れることは出来ない。だが目に見ることは可能である。
水蒸気のような文様は、実物を見てもその内容をすべて理解することは難しそうであった。
ただ植物が思うままに繁殖をした軌跡のようにも見える。
と、同時に文字や紋章のようにある一定の意味とルールに則った並びにも見える。
キンシは包帯を外した左腕を右手でそっと撫でている。
前腕の辺り、見たことのない謎のマークらしきものが三つほど並んでいる部分を、自らの指で撫でる。
硬から手の平に向けて撫でる。
ほんのわずかな動きにも影響をされる、文様はすでに塵と共に消え去っている。
キンシは瞬きをひとつする。
「すうぅぅぅー……はあぁぁぁー……」
息を吸って、吐いている。
空気中に含まれている魔力と灰、それらがキンシの体内、血液に含まれている魔力と触れ合う。
緑色の光がキンシの左手、薬指の先に明滅する。
海岸の上、海を越えた向こう側に光る灯台のあかりのように微かな、次の瞬間には跡形もなく消え去ってしまいそうな輝き。
だがその輝きは、一応ながらきちんとした結果を魔法使いの少女のもとにもたらしていた。
しゅるるるん。
空気が回転する気配に似た音色が鳴る。
その後に、キンシの左手に銀色の槍のようなものが発現していた。
キンシの身長よりも少し長さのある槍。
刃の部分は万年筆のペン先のようにきらめいている。
「それをどうするつもりー?」
リッシェが魔法少女に質問をしている。
だが少女は彼女の問いに答えられるほどの余裕を持ち合せていないようだった。
クラシックカーのフレーム、車外に身を乗りだしながら、キンシは槍を構えている。
轟々と風が鳴る。
車を追いかけ続ける、巨大な四枚の翅をもった人喰い怪物。
全速力で飛行するエンジンとも引けを取らぬ推進力は、怪物の尽きることのない人間への食欲が為せる業なのだろうか。
答えを求めたがる。
しかしキンシの後頭部に届くのは車が走る際に生まれる風圧、耳の穴に直接的に響く低い風の唸り声であった。
キンシは車から身を乗りだしながら、銀色の槍を持った左腕を振りかぶっている。
狙いを済ます。
「ここです!!」
そう、狙いを定めた。
そのところで。
「おっと、あぶないー」
リッシェが前方を横切る飛行機能搭載済み車両を、華麗なハンドルさばきで回避していた。
車と車の衝突事故は避けられた。
しかしながら、その代償と言わんばかりに魔法少女の体感はブレにブレまくっていた。
「うえ?!」
狙いを定めたはずの槍の穂先は怪物の向こう側へと飛び去り、虚しく放物線を描いて落下。
その後に、近場にある場面に限りなく無関係なビルの屋上に槍一本分の穴ぼこを作り上げていた。
ビルにひとつ傷がついた。
それに加えて更なる被害が魔法使いたちのもとに訪れている。
「んぎゃあああっ?!」
車が急に回転を下ゆえに、フレームに身を乗りだしていたキンシの体が無慈悲にも外部へと吐き出され用としていた。
「キンシちゃん!」
メイがあわててキンシの体を引っぱり上げようとしている。
手をかけたところで、メイはすぐに自分の腕力だけではこの緊急事態を解決することは困難であると判断していた。
とっさに、ほぼ条件反射に近しい速度にて、メイは魔力の翼を展開させ、羽根をまとった大きな範囲にて魔法少女の体を包み込んでいる。
水の上に散らばった籾殻をざるでかき集めるように、メイはキンシの体を自分の側、車内へとひき寄せていた。
「ふふぅ……危ないところでした……」
キンシは雨に濡れるフードの下で、顔を青白くさせている。
しかしてすぐに右の瞳の中にリッシェに対する不満点を立ち昇らせている。
「ちょっとちょっと、リッシェさん! いきなり車を動かしてはなりませんよ、危ないではありませんか!」
「勝手に車の窓に身を乗りだして、いきなり槍投げする人の安全まで考えれないってのー」
魔法少女の不満点にリッシェが至極真っ当なる反論を速やかに用意している。
「前方はアタシの超絶運転テクで誤魔化すとして、後ろの怪物はキミたちにまかせるしかないんだからさー。
もうちょっとしっかり、ちゃんとやってちょうだいよー」
「言われなくとも、分かっておりますよ……!」
リッシェからの文句にキンシが姿勢を整えている。
魔法少女がまごまごとしている間に、リッシェはハンドルを繰りながら、首の後ろに感じている違和感についてを追及している。
「ところで、なんだか柔らかい感触が後ろにフワフワとー……?」
「ああ、それは、私の翼なの」
メイがすこし恥ずかしそうにしている。




