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間違いは侵入思考で塗りたくる

こんにちは。

 キンシからの質問文にメイが答えようとする。


「んん……。どうして、と言われても、ねぇ?」


 言葉に迷っているメイに、運転席に座るリッシェが補足のようなものを入れている。


「根拠はない、けど、なんとなく不安ってカンジー?」


 メイはリッシェの顔のあたり、妖精族特有の三角形に尖る耳の形を見ている。

 他人であり、しかも出会ってから大して時も日にちも経ていない他人。

 そのはずの彼女に、自分の心理状況をある程度把握されてしまった。

 

 メイはそのことに嫌悪感をすこし抱く。

 だがそれよりも、メイは自分たちに訪れようとしている戦いの場面、その緊張感に身を委ねることを最優先しようとしていた。


「そう、ね。あえて言うなら、女のカンってヤツかしら?」


「うわー。いかにも頼りないってカンジー!」


 リッシェが呆れ半分、しかしてもう半分はどこか真剣みを帯びた様子でメイの意見を聞き入れている。

 

「でも、今はたとえ血液型占いであってもすがりつきたい、ってカンジー……?」


 根拠のない説であっても、リッシェは状況の解決を求めているようだった。

 とらえどころのない感情表現をしつつも、彼女は彼女なりに自分側の財産に危険がせまっていることに危機感を抱いているらしかった。


「  あああ   あああ」


 彼女の不安をさらに煽るように、人喰い怪物の身にいよいよ確信的な変化が訪れていた。


「 うあーーー あ   あああ  あーーー  あ  ああああああああああ  あー  」

 

 ビリビリと空間が裂けていく。

 破かれた膜から、二つの突起物が発現していた。


 現れたもの。

 それは(カマ)の様な形をした、捕食のための器官であった。


 クロムダイオプサイトのように、鮮やかな緑色を持つ。

 二つの鎌が、空間の残滓を残したままでおおきく振りかぶられていた。


 壁を破壊する、ビルのコンクリート壁であった。


 ドカッ! ドガガガガッッッ!!!

 ガリガリ、ガリリリリッッッ!!!


 鎌がビルの壁を破壊する、耳を(ろう)する音が人間たちの鼓膜を揺らした。


 怪物は発現させた鎌を余すことなく使う。

 まるで難攻不落の雪山を攻略するための道具、ピッケルをつかう勇敢なる登山家のように、人喰い怪物は二つの鎌を使ってビルの壁をのぼってきている。


「翅を使わず?!」


 キンシが驚いている。


「ヤバいヤバいヤバい!」


 リッシェが車のハンドルを自分の胸元に向けて、さらに引いている。


「こっち来る、マジヤッバー!」


 車が上昇をする。

 

 それを追いかけるように、鎌を持つ人喰い怪物はビルの壁を登り続けている。

 勢いはまさしく獲物を見つけた獣の如し。

 

 リッシェの運転する車がビルの屋上を越えて、何も無い空に浮かびあがった。


 登るべき壁を失った。

 しかしながら怪物には、まだまだ獲物を狩るための手段が残されている。


 ブウゥゥゥーーーンンン……!


 沈黙の中に沈みつつあった四枚の翅が振動する。

 羽ばたきは風をまといながら、巨大な布の袋を力強く持ち上げて飛び立っている。


 上昇の力は人智を超えている。

 秒を跨ぐと同時の速さにて、布袋を抱ええた怪物はリッシェの運転するクラシックカーと同じ高度まで上り詰めていた。


「ンぎゃああッ?!」


 リッシェが悲鳴を上げている。


「こっちに来ました!」


 キンシが口元に笑みの気配をにじませながら、発進する車の内部に働く遠心力に体を引っぱられている。


「逃げろ逃げろ逃げろー!!」


 リッシェは車のアクセルを全力で踏んでいる。


 スピードを乗せて逃げる車を、彼女たちを人喰い怪物が翅を使い、空を飛びながら追いかけてきている。


 轟々と風が鳴る。

 風にあおられる、キンシは車のフレームから首だけをだしている。

 子猫のような聴覚器官が風を受けて、黒色の柔らかな毛先をなびかせている。


 黒一色のように見えるショートカットの中に一筋、薄く灰色がかった毛髪が混じっている。

 銀色がさらさらと、灰笛(はいふえ)雨風にさらされている。


 キンシはかぶっている頭巾(フード)を手でおさえつつ、運転席にいるリッシェに叫びかけている。


「逃げるにしても、ここからどこにお逃げになられるのですか?」


「そんなの知らないよー!」


 リッシェはハンドルを握りしめたままで、キンシへただ思うがままのことを話している。


「とにかく、アレに捕まっちゃったら、アタシの人生はもうお手上げってカンジー?」


 彼女が助けを求めている。

 彼女の言葉を聞いた。


「さようなら」


 リッシェは一瞬、誰かが別れの挨拶でも語ったのかと、そう思いかけた。


 しかし、どうやら魔法使いは別れを告げるつもりはないようだった。


 キンシが風雨の中に左手をかざしている。

 右側の指先にて、左腕を保護している包帯を剥ぎ取っている。


 古ぼけた包帯が外される。

 薄い布の下には、摩訶不思議なる刺青らしきものが刻みつけられている。

 

 それは呪いによる火傷の痕だった。

 黒く変色した左の薬指から追いかけはじめるとして、痕跡はキンシの左腕のほとんどを埋め尽くしている。


 魔力の集中に反応して、火傷痕も敏感かつ順応に同調を示している。


 火傷痕が光を帯びる。

 透き通った光が、衣服の布を貫通して空間に文様を描き始めていた。

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