他人の名前を珍しがるものではないね
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暴走するクラシックカー。なんとかギリギリのラインにて、ビルの壁との衝突事故をまぬがれただけの旧車。
幌馬車のような屋根には、車を覆い尽くさんばかりのハニカム構造、蜂の巣が搭載されているのである。
……いや、あるいは上に乗せられている蜂の巣こそが本体で、あとはただの付属品。移動するため、栄養を得るため、お日さまの力を借りるための、オプションでしかないのだろう。
きっとそうに違いない。
「なによ、ジッと見て。キモチ悪い魔法使いわね」
蜂の巣の下、クラシックカーの運転席から、魔法使いたちに向けて娘の声音が文句を言ってきていた。
ビルの近く、地面も床もない空間にて停止飛行を行っている。
「す、すみませんっ!」
キンシは一瞬、娘が自分に向けて不満をあらわにしているものだと、そう思いこんでいた。
「ちがうちがう、アンタじゃなくて、そっちのバイクに乗っかってる方だっての」
しかし旧車の運転席に座る娘は、視線をキンシではなくトゥーイの方に向けているようだった。
「なんなのよ、いきなり目の前をバイクなんかで横切ってさ、危ないじゃない」
「いやいやいや」
娘の主張にキンシがすかさず反論をしている。
「先にこっちに突っ込んでこようとしてきたのは、えっと、その……あなたの方ではありませんか!」
キンシは相手の名前を呼ぼうとして、しかしながらあらためて、相手の娘がまだ何者かも分かっていない事実を再確認していた。
「危ういところだったのですよ! トゥーイさんが助けてくれなければ、いまごろ僕はあなたの素敵なお車でのしいかになるところでした」
相手に叱責を送りつける最中であったとしても、尽きることのない嫉妬と羨望が他人への称賛の言葉を紡ぎだしてしまう。
「そんなこと、言っている場合じゃないでしょう」
メイが「やれやれ」と言った様子で、子猫のような魔法使いの少女の性分に呆れのようなものを抱いている。
いまさらとりたてて驚くことでも無いと、メイは次にクラシックカーの上に鎮座する娘の様子をうかがっている。
「ふっふぃー……、とにもかくにも、とりあえずはここまで逃げ切れば少しは安心かなー?」
娘は車の座席、自分の身長と釣りあっているサイズ感の、しっとりとした革製の背もたれに体をあずけている。
蜂の巣の覆いは屋根や外壁としての役割はほとんど為していない。
であるがゆえに、メイはしっかりと暴走気味の車の持ち主の姿を視界のなかに確認することが出来ていた。
年の頃は十代中盤、十五、十六歳ぐらいと言ったところか。
まだまだ大人には程遠い、少女の域をまっすぐに進んでいる肉体。
金糸雀の翼のように少しくすんだ黄色の毛髪。
癖の強い毛先は、持ち主の意向に従いヘアクリームによって一定の方向にしっかりと整えられている。
黒のライダースジャケットの下に、淡い黄色の生地のTシャツを身に着けている。
Tシャツの胸元には黒色の細いラインが六つほど走っている。
だが本来あるべき直線は、娘の胸部に備わる乳房の豊かな膨らみでかなり湾曲させられてしまっていた。
折れ線グラフのような有り様になっているTシャツのした、下半身はなにやら白色のスカートのようなものを身に着けているらしい。
だがメイから、上から見た様子では下側の衣服をうまく確認することが出来そうにない。
「はーあ、よっこらセクシャリティ」
「せ、性別……?」
謎の掛け声にキンシが敏感に反応をしている。
青年の腕に抱えられたままの魔法少女の反応を視界の隅に、娘は車のなかで大きく姿勢を動かしていた。
両の足を運転席の上側、はめ込まれているハンドルにどっかりと上乗せしている。
「まあ、お行儀が悪いわ」
メイは溜め息を吐く、と同時に娘の下半身の具合についての観察眼を続行させていた。
「はーあ、追いかけられる緊張感で、すっかりオシリのあたりが汗でビショビショよー」
黒色の丈の短いジャケットの下には、白色の清潔そうなマキシスカートがひらめいている。
スカートの柔らかな布の先からは、すこしの生足と黒い靴下のすそが覗いている。
靴はブラウンの長靴。
髪の色とおそろいのカラーリングの折り返しに、靴底にはすこし濃いめの黄色、卵黄のような色合いがほどこされている。
「あなたは何者なのですか?」
キンシが、ハチの巣に支配された車の上の娘に質問している。
「アタシ?」
娘は魔法少女の問いかけに答えている。
「アタシはリッシェ。リッシェ・メリッファっていうのよ」
キンシがリッシェの名前を口の中で噛みしめるようにしている。
「リッシェ……メリッファさん……?」
「ああ、えっと、リッシェの方が名前で、後ろのはファミリーネームだから」
「なるほど、異国のお名前ですね」
キンシが真面目腐った様子で名前を確認している。
「珍しいですねえ、名字と名前の順番が違うのって、なんだかわくわくします……!」
キンシが右の瞳をキラキラとさせて、俄然リッシェに対する関心を強めている。
それに対して、リッシェはすこし居心地が悪そうに足首のあたりをモゾモゾとさせていた。




