男も女もない友達を作りたい
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しかし魔法使いの少女が言葉を発するよりも先に、決定的な変化が彼女たちのもとに来訪してきていた。
それはまさに青天の霹靂であった。
「どいてどいてどいてーーーっ!!!」
若い娘の叫び声。絹を裂くどころではない、絹のハンカチーフを跡形もなく細切れにするかのような、そんなとんでもない勢いのある絶叫であった。
ブウゥゥーンンン!
低く唸るのは、はたして何の音であるのか。
キンシはまず子猫のような聴覚器官を音のする方にかたむけている。
「んにゃんっ??!」
振り向いた先に、キンシはとんでもない光景を見つけてしまっていた。
一台の車両。
当然のことながら世界の重力に逆らいながら、そのエンジンに科学的調律と魔術式の摩訶不思議なる機能を発揮する。
空を飛ぶ車は、しかしながら科学や魔術の規定、この世界における「普通」とは大きく異なるに異なりまくっているのであった。
「んなななっ?! なんですか、あれは?!」
キンシが叫ぶように問いかけている。
しかしながらメイにもトゥーイにも、魔法少女の大きな声に明確なる答えを返すことが出来ないでいた。
ブウゥゥーンンン!
クラシックカーと思わしき車体が真っ直ぐ、当り前のように空を飛びながらキンシらがいる場所。
ビルの壁に直行しようとしていた。
「え、えええっ?!」
車が真っ直ぐビルに突っ込もうとしている。
キンシはビックリと体を硬直させたままで、ただ急接近してくる金属と化学と魔術の塊に轢きつぶされそうになっている。
「キンシちゃんっ!!」
魔法使いの少女の身に、生命に危険がせまっている。
メイが下に手を伸ばそうとして、しかして展開させた魔術式に行く手をはばまれてしまっている。
このままでは魔法少女の命が!
白色の魔女が動こうとした、それと同時、あるいはもっと速くに、トゥーイがバイクの車輪を回転させていた。
低い嘶きと共に、一陣の風が黒い一閃を描いて駆け抜ける。
壁に立つ、少女の体が青年の腕に絡め取られていった。
「…………ッ」
トゥーイは息をついて、右の腕の内に抱え込んでいるキンシの重みに一時的な安心感を見出している。
「……あ、ありがとうございます……トゥーイさん」
キンシがトゥーイに礼を伝えようとした。
しかし魔法少女の声は、今まさに、この瞬間にビルの壁に激突せんとしている車の一台による騒音、轟音によって掻き消されてしまっていた。
キキキーーーイィィッッッ!!!
ブレーキ音。魔術を編み込んだ車輪が、空気中に含まれる魔力を乱暴に磨り潰す、耳障りな音が鳴り響く。
車内にてハンドルが大きく、激しく、そしてギリギリのラインを攻めながら切られたのだろう。
謎の車は、とりあえずのところビルの壁に激突することはなかった。
限界すれすれのところでなんとか停まることが出来たらしい。
突っ込んできた車を、キンシはトゥーイの腕のなかでジッと凝視していた。
「……ぶうぅぅーん……」
傷ついた獣の唸りのような、低い音色。
車は現代における科学と魔術の社会に通ずるものとは違う、空気力学を重視した流線型の車両とは大きく形質を異ならせていた。
凹凸の多いデザインに、黒くて大きい車輪が四つ並んでいる。
デザインからして必然的に数十年前の製造を予期させる。
クラシックカー、旧車と言うやつなのだろうか?
「ですが、空を飛んでいますね……」
キンシは疑問を抱く。
はて、この鉄の国において車などの移動手段に飛行能力を持った魔術式を組み込むようになったのは、何十年前に取り決められた規定であったか。
「…………」
なにを今更、当り前のことに疑問を抱いているのだと。
そう言わんばかりの視線をトゥーイはキンシに向けている。
「お空を飛んでいるだけじゃないわ」
魔法少女と魔法青年が見つめ合っているなかに、メイがしかるべき指摘をおこなっている。
「それよりも、すごく……すごく変なことになっているわ!」
メイが指摘しているとおり、その空飛ぶ車はさらに、必要以上なまでに「普通」からかけ離れた造形を形成していた。
幌馬車のような屋根が備え付けられている。
……ように見える、薄目で見たとしたらなんとかそれで片付けることが出来る。
だがそれ以上に、その車の屋根には多くの、あまりにも多くの色々なものが巣食っていた。
「図書館?」
メイが検索用の魔術式を広げたままで、車の屋根にへばり付いているモノたちの正体を探ろうとしている。
「いいえ、あれは図書館ではありませんよ?」
メイの表現をキンシがすみやかに否定している。
「たしかにハニカム構造が類似しておりますが、しかし、あれはもっと完成度が高いです」
何に対しての度合いなのだろうか?
メイがキンシに確認をしようとする。
「ちょっとちょっとー?」
だが彼女たちの会話を断絶する娘の姿があった。
「ムダ話してないでさーちょっとはアタシのこと助けてくれるってキガイは見せてくれないのー?」
言葉の響き、口調からメイはマヤの姿を瞬間的に想起していた。
しかしすぐに己の間違いに気付く。
紛れもなく、それは若い娘の声音でしかないのであった。




