灰色の音色が埃を揺らす
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マヤは掘っ立て小屋のような、そまつな空間の中を迷わず進んでいる。
スタスタと進み、小屋の壁に立てかけてあるビニール袋のひと山へと腕を伸ばしていた。
「これだよねーこれこれー」
チャック付きのビニール袋を、ちょうどメイの体、七歳の幼女ならばすっぽりと覆い隠せるほどに拡大させたようなもの。
中身を外界から守るために、ビニール袋は濃い灰色に着色されている。
マヤは「フンフーン、フフフのフーン♪」と鼻歌などを口ずさみながら、チャックの密封をペリペリと指で軽く開封している。
袋の中に指を突っ込み、中身にある「武器」を握りしめる。
そして「それ」を取り出した。
取り出されたものは、大きなガラスの塊らしきものだった。
メイはすぐにそれが弦楽器の一種であることを把握している。
「とうめいなギターだわ」
メイがビニール袋から現れた一品についての表現方法を口にしている。
「そのとーり、ってカンジー」
マヤがガラスのように透き通るギターを腕の中に、速やかなる動作にてトゥーイの方に近づいて来ていた。
「さてさて、さーて。シーベットライトトゥールライン様、お手数ですが武器の同期をお願い致します」
マヤが宝石店の店員としての口調を使用している。
宝石店の店員からの、他人からの呼び名、物品を明け渡すための言葉を受け取った。
「…………」
トゥーイはコクリ、と首を縦に振る。
肯定のためのジェスチャー。そのついでに、トゥーイは唇の奥で小さく呼吸をしていた。
大げさな動作を必要としない、慣れ親しんだ動作にて、魔法使いの青年は自らの肉体に魔力を巡らせている。
右手を体の前に、紫水晶のかけらのようなきらめきがキラキラと瞬いた。
フシュウウン。紫色に透き通る光の明滅、空気が流れる音色の後に、ひとつのギターがトゥーイの腕の中に発現させられていた。
琥珀色のカラーリングが艶めく。
ギターは、メイの濡れた舌の上に喫茶店で味わったホットミルクの上品で甘い味を思い出させていた。
「さあ、同調しましょう、ドキドキと動悸をしながら同期をしましょう、調律調律ゥー」
マヤがガラスのように透き通る、ギターらしき模造品をトゥーイの方に、魔法使いの青年の抱える魔法のギターに差し出した。
ガラスの透明度が微かに光を帯びる。
朝焼けに蒼く照らされる雪の溶けゆくさまに類似した、柔らかな融解は水蒸気のようなものへと変身する。
キラキラと透き通る、「水」の粒が渦を巻きながらトゥーイの持つ魔法のギターに吸いこまれていった。
「……………」
トゥーイは指先、適度に伸ばしてある爪でギターの弦を弾く。
ビイィィーン…………。
何者にも加工されていない、銀色の弦の音色が寂しげに響いていた。
…………。
「オレはここで商品の管理をするんだけれど、キンシ君、キミたちはこれからどうするつもりなんだよー?」
「僕たちはこれから、事務所に届いた依頼に従って、人喰い怪物を殺しにいくんですよ」
マヤからの質問にキンシが答えている。
「まだ、怪物さんって決まったわけじゃないのだけれどね」
メイが魔法使いの少女の言葉に、すこしばかりあわてた様子で補足を入れている。
「ふーん、ほーお」
彼女たちの言葉に、マヤはさしたる関心も示さなさそうに、ただ言葉として聞き入れているだけであった。
「毎日毎日、よくもまあ、飽きずに殺すことが出来るよねー」
生き物の殺害に心的飽和などというものがあるのだろうか?
メイは「魔法使い」、あるいはそれらに類するモノたちの思考に疑問を抱きそうになった。
「んんん……」
生まれつつある猜疑心を振りはらうために、メイは唇を閉じたままでかぶりを物理的に降っている。
白樺の若木のように細く白い首が左右に動く。
首の動きに合わせて、メイの三つ編みにまとめた雪色の髪の毛先がふるえていた。
「どうしましたか? メイお嬢さん」
無意識の内に顔色を悪くしてしまっていたらしい。
雪のように白いメイの豊かな髪の毛に、キンシが心配の声音を振りかけてきていた。
「もしかして? 獲物が逃げて生き延びてしまったことに、強く不安感を抱いていらっしゃるのでしょうか?」
違う、とメイはすぐに否定をしようとしていた。
「ご安心ください! メイお嬢さん」
しかし白色の魔女がこごった唇を動かすよりも先に、キンシはキンシなりに魔女を安心させる言葉を用意しようとしていた。
「目標の位置から怪物が逃げおおせたとしても、殺害にはなんら問題もございませんよ。
たとえ地の果て海の果て、空と海の境い目に逃げようとも、僕のこの眼が血と肉と骨と、眼球を追いかけ続けます。
きっと、そうしてみせます!」
そんな宣言をしながら、キンシは両側の目をギョロリを剥いている。
「おおー! その意気だよキンシ君ー」
マヤは口でこそ調子の良い応援を発している。
しかし表情、態度からはすでに、魔法使いたちの行く末に関心の大部分を失っているようだった。
「頑張ってねー」
「ええ、頑張りますよ、頑張りますとも」
他人からの応援の言葉を、キンシは自らの内側に取りこもうとする。
そうしながら、魔法少女の体は小屋の外側、灰笛の空気の中に取りこまれていった。




