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向き合うのは白と黒の二輪車

こんにちは。今日の更新です。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 カプリっこ。

 不思議な羊はトゥーイの指を噛んでいた。


「メエエ」


「…………」


 トゥーイの指は不思議な羊に食まれている。


 もぐもぐ、もぐもぐ。

 

 羊はしばらく無表情のままで、鳴くこともせずに、ただひたすらに魔法使いの青年の指を味わっていた。


「???」


 いよいよ状況が読み込めなくなってしまった、メイはかしげていた首をそろそろ元の位置に戻そうとしていた。

 そうすることで、せめて言葉でこの状況の詳細を質問で解き明かそうと、そう目論んでいた。


 しかしながら、白色の羽毛を持つ魔女のくわだては失敗に終わることになった。


「めえええーーーいい!!!」


 魔法青年の指を噛んでいた羊……らしきものが、唐突に天高くいななき始めたのだ。


「きゃあ?!」


 メイがびっくりと、白色の羽毛をはさみで()いたように細く縮ませている。


 なにが起きようとしているのだろうか?


「んる! はじまりましたね……!」


 びっくり仰天としているメイの左側にて、キンシがわくわくとした様子で右の瞳を輝かせている。


「な、なにがはじまるというの?」


 魔法使いの少女の、夏の暑き日に広がる田んぼのように鮮やかな緑色をした右目の虹彩。

 磨き上げたエメラルドにも匹敵するきらめき、キラキラとした視線が、青年と羊のもとに注がれている。


「まあまあ、見ててご覧くださいませ」


 キンシが、珍しく「含み」という複雑な感情表現を顔の肉に盛り込ませている。


 事実、魔法少女の言う通りに、これからの展開は実際に目にしなくてはいけない、とても興味ぶかい現象ではあった。


「んメメメメエェェェーーーい!!!」


 羊……らしきなにかは声高く鳴きながら、音量とは裏腹にその身を小さく縮ませようとしていた。


 両の足をたたむ。 

 すると体表を覆っていた羊毛が膨らみ始めていた。


 湿気を吸って膨張しただとか、そのような常識的範疇は遥かに超えていた。

 それはまさに増幅であった。

 まるで細胞分裂のように、一つの塊が一気にトゥーイの全長よりも大きな塊となっていた。


 二メートル以上になった所で、増幅が一時停止していた。

 そして羊毛が上から段々と溶けていく。

 まるできめの細かいかき氷に熱々のコーヒーを注ぎ入れたかのように、羊毛のような何かが液体のようなもの、「水」の中に攪拌(かくはん)されていった。


 羊の毛が抜け落ちた後。

 そこには一台のバイクが現れていた。


「どうして」


 メイは状況を理解することが出来ないでいた。


「ヒツジさんは? ヒツジさんはどこに行ってしまったの?」


 最初に口をついて出てきた疑問点が羊についてであったことに、メイは少なからず自分自身に意外さを覚えずにはいられないでいた。


 もしかするとメイは自分の予想以上に、あの白と黒の羊に愛着を持ってしまったのかもしれない。


 だが、羊が一台のバイクに変身してしまった事実は変えようもなかった。


 ドドルン、ドドルン、ドドルン!

 バイクが低い唸り声をあげている。


 白銀の色をした複雑怪奇なエンジンに、黒一色に染め上げられた革製の座席がバランスよくコントラストを描き出している。


「…………」


 トゥーイはすでに一つの完結を迎えたかのような、そんな視線をバイクに向けている。

  

 もれなく、間違いなく魔法に関係したバイクであることは確定事項であった。

 トゥーイは迷いの無い動作にて、魔法のバイクに体をまたがらせていた。


 魔法使いの青年の体重を一つ、車体に受け入れた。

 バイクの包容力はやがて、当然の帰結として魔力的な要素を抱き始めていた。


 シュウウン……。

 空気が狭く苦しい道を通り抜けるかのような音がメイの耳に届く。


 メイが見つめている先にて、トゥーイを約一名乗せた魔法のバイクは浮遊を開始していた。


「まあ、バイクがお空を飛ぼうとしているわ」


 メイはなぜか目の前の光景をどこか、許されざる対象のように受け取りそうになっていた。


「そりゃあ、バイクだって飛びますよ」


 白色の魔女の驚愕を、しかしてキンシはあっさりと否定するようにしている。


「だってここは灰笛(はいふえ)なんですから」


 メイがキンシに問いかける。


「そういうものなの? キンシちゃん」


 キンシがメイに答える。


「ええ、そういうものなのです、メイお嬢さん」


 …………。


「やれやれ、これでママにたよる甘ちゃんがいなくなったワケだよねー」


 マヤが謎に安心した様子でいる。

 背中に魔力の翅を展開させながら、……何故か宝石店の店員である彼はトゥーイのバイクの後部座席に座っているのであった。


「…………」


 バイクのハンドルを握りながら、トゥーイは眉間にそこそこ深めのしわを寄せている。


「わかってる、わーってるってー」


 不満な顔の魔法使いの青年に、マヤはすみやかなる言い訳のようなものを口先に用意していた。


「さんざんバカにしたクソ野郎を背中に乗せるよりも、どうせならもっとキャワイイ女とかと同乗して風を切りたい、風を感じたい。その気持ち、めっちゃ分かるゥー」


 だったらさっさとどけばいいものを。


 トゥーイは無言の内にそう主張していた。

 だが全てが他人である彼らに通じるかと言えば、残念ながらそのように都合の良い話も無いのであった。


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