ずいぶん遠くだな
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「とにかく、ウチのお店はこっちにあるよ」
という訳で、魔法少女ご一行は宝石店の店員である彼に案内されていた。
「どっちなの?」
宝石店の店員である彼、マヤの人差し指が指し示す方角をメイが視線で追いかけている。
見て、メイは首をコクリとかしげずにはいられないでいた。
「そっちには、壁しかないわよ?」
メイの言葉に間違いは存在していなかった。
マヤの爪の先端に望めるのはビルの一つ、たまたま地面から生えているだけの建物がある。
入口も出口も非常口もない。
せめて通気口でもあれば可能性? は、まだあったかもしれないが、どうやらそれも望めそうになかった。
「もしかして、この壁がヒミツの出入り口になっているのかしら?」
メイは予想をたてながら、白いレンゲ一杯分の期待を胸に積み上げている。
魔女がすこしの興奮具合に導かれるままに、なにも無いビルの壁に触れている。
伸び気味の白い爪の先端が、雨に濡れて薄墨色に染まっている壁面に触れ合う。
密着してみる、無機質な冷たさだけがメイの指、皮膚の下、肉の間を通り抜ける血液にぬるくなる。
「何やってンのー? メイちゃん」
マヤが小馬鹿なものでも見つけたかのような音程を口の中から発していた。
「壁とチュウでもするつもりかー? 止めといた方がいいよ、ばっちいから」
「……ちがうわよ」
当てが外れたことを認めざるを得ない。
メイはマヤに対してすこし、苛立ちのようなものを抱きつつあった。
「だったら、その方角のどこにあなたのお店があるのよ?」
メイは努めて表情に平静さを保とうとする。
上手く出来ているかどうかは分からない。
分かりっこない。
むしろ意識するほどに、顔面の筋肉が宝石店の店員に対する不愉快な気持ちに歪曲させられそうになっていた。
どうにもこうにも、メイはこの宝石店の店員である男性のペース、言葉の調子を好きになれそうになかった。
出会ったばかりの人間のなにが分かるというのだろうか。
身勝手な理由ではあると、メイは己の心の内によく言い聞かせようとしている。
「甘いなあ、実に甘い」
メイの沈黙に重くのしかかるように、マヤは当然の提案を言い渡している。
「それでもこの名高き灰笛に暮らす魔導の関係者かよー? ちょっと舐め腐ってるんと違うってカンジー?」
こうも分かりやすく侮られていると、メイはむしろ何も言えそうに無かった。
「なにをおっしゃいますか、この宝石屋さんは!」
白色の魔女が黙ってしまっている、そのすぐ近くでキンシが能動的に反論を起こそうとしていた。
「あなたにメイお嬢さんのなにが分かるっていうのです!」
「いいのよ、キンシちゃん」
宝石店の店員に食って掛かろうとしている。
魔法使いの少女をメイはおさえとどめようとしていた。
「それよりも、はやくお店に向かって目的を解決しなくちゃ」
「ですが……お嬢さん」
軽く腹を立てているキンシ。
魔法使いの少女を横目に、マヤが体に魔力を集中させていた。
「あーらよっと」
どうにもあかぬけないかけ声。
だがそのあとに発現した魔力的要素は、見るものの目を奪う美しさがあった。
「まあ!」
メイがほぼ歓声にちかしい驚きを発していた。
魔女の皮膚に生えている白色のやわらかな羽毛が、目のまえの魔的な事象に興奮しブワワ……! と膨らんでいる。
白色の魔女が見つめる先、そこには実に美しい蝶の羽根のような魔力の集合体が現れていた。
それはマヤの翅であった。
揚羽蝶のように目を惹くきらびやかさに、烏揚羽のようにしっとりと落ち着いた色彩のグラデーションが滑らかに伝う。
「ステキ」
メイは先ほどの不快感などすっかり忘れたように、目のまえの魔力的事象の情報を脳内に検索しようとしている。
「妖精族の、身体的特徴……。妖精の翅ね」
「んっふふーん、どうだい、いいでしょー?」
幼い見た目の魔女が純粋な目線で憧れを抱いているのに対して、マヤが分かりやすく調子に乗ったリズムを口から発している。
「コホリコ家の翅は、そんじょそこらのテキトーな妖精族とは格式もワケも違う。これこそ本物の、フェアリー・ウィングなんだからー」
なにやら誇らしげに自慢をしている。
「そうなのね、すごいのね」
しかしながらメイにしてみれば、他人の家の事情、自分の属していない種族の価値観については、正直なところあまり関心を抱けないでいた。
歴史や遺伝子情報がなんだというのだろう。
そんなものよりも、目の前に広がる美しい魔力の集合体、蝶々の翅につよく注目したくて仕方がなかった。
「んぐるるる……」
しかしながら白色の魔女の意向とは裏腹に、キンシの方はあまり気分がよろしくないようだった。
「そんなこと言ったら……メイお嬢さんの翼だってすごく、すんごく綺麗で、しかもマヤさんのとは違ってモフモフの総総なんですから……!」
魔法少女の意見に宝石店の店員がすかさず反論する。
「へっ、毛の多さがなんだって言うんだい。飛行能力の良さは、色鮮やかさにこそ真価が……──」
「ねえ、それよりもはやく、飛んでみせなさいよ」
メイが話題を中断させていた。




